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東京地方裁判所 平成2年(特わ)1808号 判決 1994年10月17日

主文

一  被告人甲野太郎を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

二  被告人乙川二郎は無罪。

三  被告人丙原三男は無罪。

理由

※略称等

説明の便宜上、以下の記述においては、次の略称等を用いる(ただし、理由中で断ったものを除く)。

1  「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律」は「出資法」と表記する。また、同法三条違反の罪を「本罪」という。

2  第一部から第三部の各部において、当該部分で刑事責任を検討する被告人以外の被告人については、「被告人」の表示を省略する。

3  第一部から第三部の各部において、当該部分で刑事責任を検討する被告人の弁護人を単に「弁護人」と表記する。

4  株式会社名については、二回目から「株式会社」の表示を省略した名称を用いる。また、支店名だけを表示したものは、いずれも株式会社住友銀行の支店を指す。

5  個人名については、二回目から姓だけで表示する(ただし、証拠の標目の欄を除く)。

6  第一部で判示した金銭貸借を「本件融資」、その媒介を「本件融資媒介」という。ただし、第二部・第三部においては、当該部分の冒頭に表示した金銭貸借を「本件融資」、その媒介を「本件融資媒介」という。

7  「銀行」は、銀行法二条所定の銀行を意味し、「ノンバンク」という用語は、「貸金業の規制等に関する法律」上の登録を受け、自らは受信業務を行わずに業として貸付けを行う者を意味するものとする。

8  証拠の標目以外の説明部分においては、公判調書中の被告人や証人の供述部分を「公判(での)供述」あるいは「(公判での)証言」などと表示する。

9  別紙一覧表の番号については、別紙一覧表番号1を「別表1」とする例に倣って略記する。

10  第二部・第三部において、第一部の(争点に対する判断)の記述を引用するときは、単に項番号のみを記す。

第一部  被告人甲野太郎について

(罪となるべき事実)

被告人甲野太郎は、昭和六三年一月四日から平成二年一月四日までの間株式会社住友銀行青葉台支店の、同月五日から同年八月七日までの間同銀行大塚支店の各支店長として、右各支店における業務全般を統括していたものであるが、

第一 株の買占め等を行っていた株式会社光進(昭和六三年三月ころ「コーリン産業株式会社」から商号変更)の実質的経営者(同年九月までに代表取締役に就任)であるAから融資の斡旋方を依頼されたことから、青葉台支店長の地位を利用し、自己及び光進ないしAの利益を図るため、

一 昭和六三年三月一八日ころから同年四月二日ころまでの間、横浜市緑区<地番略>所在のB方等において、青葉台支店の顧客であるBに対し、金額五〇億円、期間六か月、金利(六か月)二〇パーセント、担保を蛇の目ミシン工業株式会社(以下「蛇の目ミシン」という)の株式とし、その貸付資金の調達にも便宜を図るとの条件で光進に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、BをAに紹介するなどして、別表1記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

二 同年五月二日ころから同月三一日ころまでの間、同区青葉台一丁目六番一四号所在の青葉台支店等において、同支店の顧客であるC合資会社(以下「C合資」という)の代表社員Cに対し、右一と同様に光進に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、CをAに紹介するなどして、別表2記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

三 同年六月一七日ころから同年九月一日ころまでの間、右青葉台支店等において、同支店の顧客であるDに対し、金額二〇億円、期間四か月、金利年七パーセント、担保を國際航業株式会社の株式とし、その貸付資金の調達にも便宜を図るとの条件で光進に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、DをAに紹介するなどして、別表3記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

第二 Aから、同人の株情報を得て株取引を行うなどしていた丙原三男への融資の斡旋方を依頼されたことから、青葉台支店長の地位を利用し、自己及び丙原、Aないし光進の利益を図るため、平成元年五月三〇日ころから同年六月八日ころまでの間、右青葉台支店等において、同支店の顧客であるCに対し、金額一〇億円、期間二か月、金利年七パーセントとし、その貸付資金の調達にも便宜を図るとの条件で丙原に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、Cを丙原に紹介するなどして、別表4記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

第三 有価証券の売買等を営業目的とする株式会社東成商事の実質的経営者であるFから融資の斡旋方を依頼されたことから、大塚支店長の地位を利用し、自己及び東成商事ないしFの利益を図るため、

一 平成二年三月一五日ころから同年四月二日ころまでの間、東京都文京区大塚四丁目四五番一一号所在の大塚支店等において、同支店の顧客であるエルポップジャパン株式会社(以下「エルポップ」という)の実質的経営者Gに対し、金額五〇億円、期間六か月、金利年二〇パーセント、担保を本州製紙株式会社等の株式とし、その貸付資金の調達にも便宜を図るとの条件で東成商事に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、Gを同社代表取締役Hら同社関係者に紹介するなどして、別表5記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

二 同年五月二四日ころから同年六月一二日ころまでの間、右大塚支店等において、株式会社ビジネス・マネジメント・サービス(以下「BMS」という)の実質的経営者でもあるGに対し、右一と同様に東成商事に対する金銭の貸付方を勧誘するなどして、別表6記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

第四 Fから融資の斡旋方を依頼されたことから、大塚支店長の地位を利用し、自己及び東成商事ないしFの利益を図るため、青葉台支店の後任支店長であって、同支店のため、その大口顧客であるBらとの取引関係を維持しようとしていた乙川二郎に対し、図利目的を秘して働き掛け、その協力を取り付け、乙川に貸付人側への勧誘を担当させ、自らは借受人側との交渉を行うこととし、

一 平成二年五月二八日ころから同年六月一五日ころまでの間、B方等において、青葉台支店の顧客であるBに対し、金額五〇億円、期間六か月、金利年二〇パーセント、担保を本州製紙等の株式とし、その貸付資金の調達にも便宜を図るとの条件で東成商事に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、BをHら同社関係者に紹介するなどして、別表7記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

二 同年五月二八日ころから同年六月一八日ころまでの間、横浜市緑区<番地略>所在のD方等において、青葉台支店の顧客であるDに対し、右一と同様に東成商事に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、DをHら同社関係者に紹介するなどして、別表8記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

三 同年五月二八日ころから同年六月一九日ころまでの間、同区つつじが丘一番地一二所在の有限会社ベル・コーポレーション等において、青葉台支店の顧客であるJに対し、右一と同様に実父名義での東成商事に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、JをHら同社関係者に紹介するなどして、別表9記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

四 同年五月二九日ころから同年六月二〇日ころまでの間、右青葉台支店等において、同支店の顧客であるKに対し、右一と同様に東成商事に対する金銭の貸付方を勧誘し、さらに、KをHら同杜関係者に紹介するなどして、別表10記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

第五 Fからの融資の斡旋方を依頼されたことから、大塚支店長の地位を利用し、自己及び東成商事ないしFの利益を図るため、平成二年七月一三日ころから同月三一日ころまでの間、東京都港区南青山一丁目一番一号所在のボディソニック株式会社等において、大塚支店の顧客であり、BMSの実質的経営者であるGに対し、金額一五億円、期間二か月、金利年二〇パーセントとし、その貸付資金の調達にも便宜を図るとの条件で東成商事に対する金銭の貸付方を勧誘するなどして、別表11記載の金銭消費貸借契約を成立させ、もって、金銭貸借の媒介をし

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人甲野太郎の判示各所為はいずれも出資法八条一項一号、三条に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用(証人Pに支給した分)は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して同被告人に負担させないこととする。

(争点に対する判断)

一 本件の主要な争点

弁護人は、被告人甲野は、住友銀行の業務として、同銀行の利益を図るため、本件融資媒介を行ったものであるから無罪であると主張する。このように本件においては、被告人甲野が本件融資媒介を行ったこと自体は概ね争いのないところであり(一部の事実につき、弁護人は、被告人甲野の行為は融資の媒介には当たらないと主張する)、主として本罪の成立要件との関係で、(1) 本件融資媒介と銀行業務との関係、(2) 被告人甲野が本件融資媒介に及んだ目的が争われている。そこで、本件融資媒介をめぐる事実経過を被告人甲野を中心に認定した上で、右の争点について判断していくこととする。

二 本件融資媒介をめぐる事実経過

関係証拠によれば、以下の事実が認められる。

【被告人甲野の経歴】

① 被告人甲野は、昭和四三年三月早稲田大学政治経済学部を卒業後、住友銀行に入行し、千住、下谷(上野)、信濃町の各支店勤務を経て、昭和五七年一〇月新宿新都心支店取引先課長に、昭和五九年七月同支店副支店長に、昭和六一年一月銀座支店副支店長に順次昇進した。さらに、昭和六三年一月四日青葉台支店長に、平成二年一月五日大塚支店長に順次就任したが、本件の発覚により同年八月本店総務部調査役に退き、翌月同銀行を依願退職した。

【被告人甲野とAの関係】

② 被告人甲野は、新宿新都心支店取引先課長をしていた昭和五八年秋ころ、同支店と取引のあった光進の実質的経営者であるAと知り合い、その後、同人が大規模な株取引をしていることを聞きつけ、同人が手掛けているという株が値上がりしたので、昭和五九年二月ころ自己の手持資金で株取引を始めた。昭和六〇年五月ころ同支店がAに働き掛けて、光進のメインロ座を同支店に移すことに成功し、その後も、被告人甲野はAが開発を手掛けていたゴルフ場の会員募集に協力し、他方、Aは住友銀行側の貸付金回収に協力するなどして、被告人甲野とAは関係を深めていった。被告人甲野は、同年一二月Aから蛇の目ミシン株を買っておくよう勧められ、まもなく、同株が値上がりを始めたので、昭和六一年一月下旬に同株を合計一万一〇〇〇株買い付け、約一か月後にこれを売却して八二〇万円余の利益を得た。

③ 被告人甲野は、Aが仕手筋の大物として知られるようになったことから、光進が銀行からの融資を受けにくくなることを慮り、同年一〇月及び一二月の二回にわたり、光進がノンバンクから合計約二四〇億円の融資を受けられるよう媒介した。被告人甲野は、昭和六二年五月ころAから、國際航業株は確実に値上がりすると教えられたので、同年七月同株五〇〇〇株を買い付け、同年一二月と昭和六三年二月にこれを売却して合計一四三〇万円余の利益を得た。

【Bと光進間の貸借(別表1)媒介の状況等】

④ 被告人甲野は、昭和六三年一月青葉台支店長に就任したが、新興住宅地区にある同支店はそれまで勤務していた銀座支店等と異なり、中心となる顧客が大企業ではなく個人地主であったため内心張り合いを欠いていた。同年三月上旬ころ、被告人甲野は、Aに右のような心境を話したところ、同人から「将来自分のところにくれば、自分が掌握する一部上場会社の役員になることもできる」などと言われ、さらに、Aから青葉台支店の客のことを尋ねられたので、「青葉台支店には担保になる土地を持っている客が結構いるが、使い道がなくて貸付けができない。このような客の中には数十億単位で金を作れる資産家がいる」などと答えたところ、Aから、半年で二割の金利を支払うので同支店の客から五〇億円位の融資を受けられるようにして欲しいと依頼された。被告人甲野は、Aの依頼に応じて、同支店の融資課長Eらと相談した上、同支店の顧客で有限会社を設立して不動産賃貸業を営む資産家のBに光進への融資の話を持ち掛けることとした。被告人甲野は、ノンバンクである地銀生保住宅ローン株式会社(以下「CSローンという)からの不動産を担保とするBへの五〇億円の融資が可能であることを確認した上、同月一八日ころB方を訪れ、「株の取引を大々的にやっている光進という会社があり、社長のAさんとは長い付き合いがあります。A社長が半年で二割の金利を支払う条件で五〇億円の融資をしてくれるところがないかと言っているのですが、Bさんから光進に五〇億円位を貸してあげてくれませんか。光進には住友銀行からも多額の融資をしているので大丈夫な会社です。自分の方で、不動産を担保にファイナンス会社から融資を受けられるよう手配します」などと持ち掛けたところ、Bはこれを承諾した。そこで、被告人甲野は、Aと担保等の条件について相談した結果、Aからの申し出により、蛇の目ミシン株を掛目(時価に対する評価額の割合)一〇割で担保に入れるが、金利分に税金がかからないようにするため、光進がBに同株を相対で売却し、半年後に二割増の値段で買い戻す形をとり、その際、一個人が一銘柄一二万株以上を売却して利益があると課税されるので、取引名義を分散するという条件でBとの交渉を進めることになった。被告人甲野は、同月二二日ころ、Bに右の担保等の条件を伝えて同人の了承を得て、そのころ、四谷の料亭でAとBを引き合わせた。同年四月二日、CSローンからBへの融資が実行され、さらに、このうちの四六億七七〇〇万円が光進の口座へ送金され、Bから光進への融資(弁済期同年一〇月一日)がなされた。この間、Aは、融資を媒介する被告人甲野にも株の相対売買を仮装して一億円位の謝礼を提供すると申し出た。次いで、Aは、被告人甲野に対し、Bとの契約と同様に、半年後に二割増しの価格で買い戻すことにより九六〇〇万円の利益をもたらすこととなる光進との株の相対売買の契約書を渡すとともに、被告人甲野がAの知り合いの会社から借入れをして光進に株の売買代金を支払ったという形を整えさせた。なお、被告人甲野は、これとは別個に、同年三月中旬から同月下旬にかけて、蛇の目ミシン株合計一万三〇〇〇株を買い付け、これが値上がりした同年七月に売却して一二六〇万円余の利益を得た。

【C合資と光進間の貸借(別表2)媒介の状況等】

⑤ 被告人甲野は、昭和六三年四月上旬ころ、Aから、Bと同じ条件で五〇億円位を融資できる人を紹介して欲しいと依頼され、これに応じた。そして、同月下旬、E課長らと相談し、青葉台支店の顧客で不動産賃貸業やボーリング場経営をしているC合資の代表社員Cに話を持ち掛けることとした。C合資については、極度額の範囲内ならば詳細な資金使途を報告をする必要がない住友銀行のバンクライン型融資で一〇億円の調達が可能であったため(住友銀行審査部への融資認可申請の際には、資金使途は貸店舗入居者へ支払う立退費用であると記載した)、ノンバンクであるアイ・ジー・エフ株式会社(以下「IGF」という)からの不動産を担保とする残額四〇億円の融資が可能であることを確認した上、同年五月二日ころ、Cに対し、④のBに対すると同様の説明をして光進への融資を勧めるとともに、その際は税金がかからないように、担保に供する蛇の目ミシン株を取引名義を分散して相対売買をした形をとるなどと持ち掛けたところ、Cはこれを承諾した。そこで、被告人甲野は、Aにその旨伝えるとともに、同月一一日ころ、四谷の料亭でAとCを引き合わせた。同月三一日、IGF及び青葉台支店からC合資への融資が実行され、さらに、このうちの四七億〇一六〇万円が光進の口座へ振り込まれ、C合資から光進への融資(弁済期同年一一月三〇日)が実行された。この間の同年五月三〇日ころ、被告人甲野は、Aから岩崎電気株は確実に値上がりすると教えられ、同年六月同株合計二万二〇〇〇株を買い付け、翌七月にこれを売却して一九〇〇万円余の利益を得た。

【Aによる約束の反古】

⑥ Aは、昭和六三年七月下旬と八月中旬ころ、被告人甲野に対し、光進に税務調査が入り、BやC合資との株の相対売買の契約書が問題にされているので、これを通常の金利の金銭消費貸借契約書に変更するとともに、被告人甲野に対する謝礼提供の約束もなかったことにして欲しいと申し入れた。被告人甲野は、BやCに半年で二割の金利が入ることを請け合って光進への融資を勧めた関係上、その約束が果たされなければ同人らは納得しないし、自分の責任問題にもなると難色を示したが、Aから、右約束を反古にする代わりに株情報を提供して被告人甲野やBらを儲けさせると執拗に頼まれたため、結局これに応じて、同月中旬、Bらを説得して株の相対売買の契約書を金利年七パーセントの金銭消費貸借契約書に差し替えさせた。その後、被告人甲野は、Bらに当初約束した金利相当分の利益を得させるため、Aからの株情報に基づき、Bらを代行して株取引を行ったが、思うように利益を上げることができず、昭和六四年一月六日には、Cからの強い要請で光進からCに担保として一五億円を預託させた。なお、被告人甲野は、Aから前記申入れを受けた際、岩崎電気株は今後も値上がりすると教えられたので、昭和六三年八月中に同株合計三万五〇〇〇株を買い付け、同年一一月これを売却して四五〇万円余の利益を得た。同様にAからの株情報に基づき、同年一〇月油研工業株九万株を買い付け、翌一一月これを売却して二一二〇万円余の利益を得た。

【Dと光進間の貸借(別表3)媒介の状況等】

⑦ 被告人甲野は、昭和六三年六月上旬ころ、Aから、前と同じ条件で融資できる人を紹介して欲しいと依頼され、青葉台支店の顧客で適当な者はいないか検討したところ、農業や不動産賃貸業を営む資産家のDならば、不動産を担保にノンバンクから二〇億円位を借り入れて光進へ融資できると考え、Aにその旨伝えたところ、融資金額は二〇億円位でもよいとの承諾を得た。そのころ、被告人甲野は、E課長らとも相談し、住友銀行から株式運用資金の名目でDに五億円を融資することとし(住友銀行審査部への融資認可申請の際にも、資金使途は株式運用資金であると記載した)、残額一五億円について、ノンバンクであるオリエント・リース株式会社(その後「オリックス株式会社」に商号変更。以下「オリックス」という)からの不動産を担保とする融資が可能であることを確認した上、同月一七日ころ、Dに対し、⑤のCに対すると同様の説明をして光進への二〇億円の融資を勧めたところ、Dはこれを承諾した。被告人甲野は、かねて國際航業の経営権を掌握しようとしていたAから、同社株の過半数を制したので同月二九日開催の株主総会では勝てると聞かされていたが、東京地方裁判所がA側の議決権行使を停止する仮処分を発したため、右総会でのAの経営権掌握は失敗に終わった。被告人甲野は、この時期に光進へ融資をすることにはDも躊躇するであろうと判断し、取りあえず光進への融資は見合わせることとしたが、Dの気持ちが変わらないうちにオリックス等からの融資は受けさせておくこととした。被告人甲野は、同年七月一日ころ、同支店において、Dにその旨説明するとともに、同人を納得させるために株取引で儲けさせようと考え、Aからの株情報によれば岩崎電気株等が値上がりすると言って同株等の取引を勧めたところ、Dはこれに応じた。そして、同月二日、オリックス及び住友銀行からDへの融資が実行され、そのころ、被告人甲野は、Aに光進への融資は國際航業の問題が落ち着いたら実行すると伝える一方、Dから委任されて株取引を代行し、同月中に約三六〇〇万円の利益を上げた。その後の同年八月二五日ころ、Aは被告人甲野に、岩崎電気株の買付資金が必要なので、Dから光進への二〇億円の融資を実行して欲しいと申し入れた。被告人甲野はこれに応じたが、Aと相談した結果、Dとは國際航業を掛目八割で担保にして通常の金利の金銭消費貸借契約を締結するが、二割の金利を支払う代わりにAからの株情報でDを儲けさせるという条件で同人との交渉を進めることとなった。被告人甲野は、同月二六日ころDを訪れ、当初約束した金利分はAからの株情報で確実に儲けることができるなどと説明して、右の条件で光進への二〇億円の融資を勧めたところ、Dがこれを承諾したので、同月三〇日ころ、光進の事務所でAとDを引き合わせた。同年九月一日には、Dの普通預金口座から、一九億六五〇九万円余(利息天引き)が光進の口座へ送金され、Dから光進への融資(金利年七パーセント、弁済期昭和六四年一月六日)が実行された。

【C合資と丙原間の貸借(別表4)媒介の状況等】

⑧ 被告人甲野は、平成元年四月下旬ころ、Aから、アメリカの弁護士資格を有しロビイストとしても活動していた人物であるとして丙原を紹介された。同年五月九日ころ、被告人甲野は、Aから藤田観光株は絶対に値上がりするとの情報を得て、株取引で二割の金利に相当する利益を得させるというB、C及びDに対する⑥及び⑦の約束を果たすため、同月中旬からBらを代行して同株を順次買い付けるとともに、この間、自らも同株一万一〇〇〇株を買い付けた。同月二八日ころ、被告人甲野はAから、藤田観光株で確実に儲けられるので、光進がCに預けた⑥の一五億円を返して欲しいとの申入れを受けたが、どれだけ儲けが出るかわからないのでCは納得しないと答えたところ、同株の買付資金が必要だから、通常の金利を支払うのでCから無担保で一〇億円の融資を受けられるようにして欲しいと依頼された。被告人甲野は、Cから光進へ融資をしたのでは、後日⑥の預託金との相殺を主張され、同人に約束の利益を得させることができなくなるおそれがあるので、A側の一員と目される丙原に融資することを思い付き、Aにその旨伝えて了承を得た。被告人甲野は、同月三〇日ころ、Cを訪れ、Cに対し、Aが藤田観光株の仕手戦を行うための資金を必要としているので、光進の顧問弁護士である丙原に無担保で一〇億円を融資して欲しい、その際、Cが同株を買い増しする資金と合わせて二〇億円位の融資を受けられるよう手配するなどと持ち掛けたところ、同人はこれを承諾した。そこで、被告人甲野は、CSローンと折衝し、同年六月六日、同社からC合資への融資が実行された。さらに、同月八日、青葉台支店でCと丙原を引き合わせ、一〇億円の金銭消費貸借契約(金利年七パーセント、弁済期同年八月八日)を締結させ、同支店に設けられた丙原の普通預金口座に一〇億円が入金された。丙原は、C合資から融資を受け、Aから勧められた藤田観光株の売買を行って約一億円の利益を上げたが、同人から被告人甲野に謝礼をするよう言われたため、同年九月二二日ころ、被告人甲野と赤坂プリンスホテルで会って、融資の媒介の謝礼として二五〇〇万円を渡した。なお、被告人甲野は、同年六月一日と一六日に藤田観光株合計一万株を買い付け、同年七月から一〇月にかけて、先に買い付けた分も含めた同株を順次売却して二九六〇万円余の利益を得た。

【Aからの一億円の提供】

⑨ 被告人甲野は、大塚支店長に就任した後の平成二年二月末ころ、Aから東洋ゴム工業株は値上がりするから買っておくよう勧められたので、同年三月中に同株合計五万一〇〇〇株を買い付けたが、同人の言に反して同株は値下がりした。被告人甲野は、同年五月三一日、Aから融資の媒介を依頼されたが、東洋ゴム工業株の取引で約二〇〇〇万円の損失を被ったことを不満に思っていたので、同人に対し、自分に損をさせておきながら、よく融資の媒介を頼めるものだなどと文句を言ったところ、Aは損失分は面倒を見るから融資の媒介をして欲しいと頼んだ。被告人甲野は、⑥のとおり、Aが融資の媒介に対する謝礼の約束を反古にしたので、その埋め合わせをして欲しいという気持ちもあって、青葉台支店の客の分も含めると一億円位の損失になると伝えた。被告人甲野は、同年六月一日、Aから現金一億円を受け取ったが、その直後、丙原が経営するトーアトラスト株式会社の事務所へ行き、右一億円のうちの五〇〇〇万円を丙原に渡した(その際、被告人甲野は、丙原から後記⑪の融資の媒介の謝礼として一〇〇〇万円を受け取った)。

【被告人甲野と丙原の関係】

⑩ 被告人甲野は、平成元年八月ころから、丙原が経営するトーアトラストの事務所へ出入りしていたが、同年九月ころ、仕手集団の誠備グループを率いていたFと親しく、同人から株情報を得て株取引を行っていた丙原から、AよりもFの方が信頼できるから、これからはFと付き合った方がメリットがあるなどと聞かされ、その後は、丙原からFが仕手戦の対象としている株の情報を得て、東急車輌製造株、常陽銀行株、太洋工業株等のいわゆるF銘柄の株取引を行っていた。

【エルポップ等と東成商事間の貸借(別表5、6)媒介の状況等】

⑪ 被告人甲野は、平成二年一月大塚支店長に就任したが、同年二月五日ころ、Fの依頼を受けた丙原から、同支店の客からFグループの会社へ融資して貰えるようにして欲しいと依頼され、そうすればFからの株情報で被告人甲野も儲けることができると持ち掛けられた。被告人甲野は、同年三月五日ころ、同支店の顧客であるボディソニック代表取締役のGが、近く株式を店頭公開する同社の資産運用として新規事業を考えていることを知り、同人ならばFグループの会社への融資に応じるのではないかと考えた。被告人甲野は、同月七日ころ、丙原と共にFの自宅を訪ね、Fから株式投資の方針を聞かされた上で融資の媒介を依頼されたので、同支店の客のGならばF側へ五〇億円位を融資することに応じそうだが、Gの所有不動産を担保にするだけでは五〇億円を調達できないので、住友銀行やファイナンス会社が担保として受け入れる株を銘柄を分散して差し入れて欲しいなどと話したところ、Fは本州製紙株等五銘柄(別表5の担保株式欄記載のもの。以下「担保五銘柄」という)を担保に入れると約束した。さらに、被告人甲野は、自分が同支店から転勤することも考慮し、貸付期間を半年にすることでFの了解を得るとともに、同人の申し出によってFが実質的に経営する東成商事を融資先とすることとした。そして、同月一五日ころ、同支店でGに対し、「かつて誠備グループを率いていた人で、株取引を大々的にやっているFに五〇億円位を貸してくれませんか。貸付先になるFグループの東成商事も間違いのない会社です。こちらで貸付資金の融資を受けられるよう手配します。貸付金の回収には私が責任を持って当たります」などと言って東成商事への五〇億円の融資を持ち掛けたところ、Gもこれを承諾し、同人の意向で、同人が実質的に経営するエルポップから東成商事へ融資をすることとなった。そこで、被告人甲野は、同支店やCSローンからエルポップへの融資手続を進めたが(住友銀行審査部への融資認可申請の際には、資金使途は株式運用資金と記載した)、エルポップの決算の関係で同年三月中に東成商事への融資をしたいというGの意向もあって、同月三〇日と同年四月二日の二回に分けて融資をすることとなり、同年三月二三日ころにはGを連れて東成商事の事務所へ行き、同人をHや同社常務取締役Lに引き合わせた。大塚支店から一〇億円、CSローンから四〇億円の融資を受けたエルポップは、同月三〇日に三七億九六一六万四三八四円(利息天引き)を、同年四月二日に九億五〇六八万四九三二円(利息天引き)を東成商事の口座に振り込み、エルポップから東成商事への融資(金利年二〇パーセント、弁済期同年九月三〇日)が実行されるとともに、担保五銘柄の株券の引渡等が行われた。被告人甲野は、同年四月一〇日ころ、トーアトラストの事務所で丙原から、右融資の媒介の謝礼として現金一〇〇〇万円を受け取り、その後の同年五月七日ころ、同年六月一日、同月二九日ころにも丙原から各一〇〇〇万円を受け取った。

⑫ この間の同年四月初め、東成商事が差し入れた担保五銘柄が軒並み値下がりして一〇億円近くの担保割れの状態になったため、Gから追加担保を要求された被告人甲野は、同月三日ころ、丙原にFと面会させるよう求めるとともに、Fが追加担保を入れない場合には紹介者の丙原が責任をとって誠意を見せて欲しいと迫った。被告人甲野は、同月四日ころ、F方を訪れて追加担保を要求したところ、同人が現金五〇〇〇万円を出したのでこれを受け取り、さらに、丙原からも追加担保として阿波銀行株等合計八万株及び六〇〇〇万円の預手を取り組む書類を受け取った。その後も担保五銘柄が値を戻さず、Gが右の追加担保だけでは納得しなかったので、被告人甲野は、同月六日ころと二〇日ころGをFに引き合わせたが、その際、Fは追加担保を要求するGに対し、担保五銘柄は五月の連休明けには間違いなく上がるなどと説明した。これを聞いた被告人甲野は、同年四月中旬から五月中旬にかけて、本州製紙株二万二〇〇〇株、常陽銀行株一万二〇〇〇株を買い付けた。Fの言葉どおり、同年五月に入って担保五銘柄は急激に値を上げたので、同月二二日ころ、被告人甲野はGから返還を受けた追加担保の現金五〇〇〇万円をFに渡したが、その際、Fから謝礼として一〇〇〇万円を受け取った。

⑬ 被告人甲野は、同月二三日ころ、Fの依頼を受けた丙原から、大塚支店にもう一人位Fに五〇億円位を融資してくれる客はいないかと聞かれ、Gの会社であれば可能であると答えた。被告人甲野は、同月二四日ころ、Gに対し、前回と同様の条件で東成商事に五〇億円を融資する話を持ち掛けたところ、同人はこれを承諾したが、その際、Gの意向で、同人が実質的に経営するBMSから東成商事へ融資をすることとなった。被告人甲野は、同月末ころ、丙原及びFにその旨を伝えたが、Fからは担保は本州製紙株と常陽銀行株の二銘柄にするほかは前回と同様の条件で話を進めて欲しいと依頼された。同年六月一二日、CSローンからエルポップを通じて融資を受けたBMSは、四七億四七九四万五二〇六円(利息天引き)を東成商事の口座に振り込み、BMSから東成商事への融資(金利年二〇パーセント、別弁済期同年一二月一二日)が実行された。

【Bと東成商事間の貸借(表7ないし10)媒介の状況等】

⑭ 被告人甲野は、平成二年一月中旬、後任の青葉台支店長の乙川と事務引継ぎを行ったが、同人には同支店の顧客から光進への融資を媒介したことは伝えなかった。乙川は、同月下旬ころ、同支店の大口顧客であるBやDから株情報を求められ、被告人甲野に株情報のことで引継ぎ漏れはないかと尋ねたが、被告人甲野は、個人的なルートの情報なので引き継げないと断った。同年五月九日ころ、被告人甲野は、乙川から再度Bらに教える株情報はないかと尋ねられ、⑫のFの説明に基づき、本州製紙株が上がると答えた。乙川は、本州製紙株が連日値上がりしていることを確認し、そのころ、BとDに右株情報を伝えた。さらに、被告人甲野は、同月二五日ころ、乙川から、Bが商品取引で大きな損をだして困っているが何かいい方法はないかなどと相談されたので、方法がないこともないと答え、その日のうちに大塚支店を訪ねてきた乙川に対し、丙原という人物をヘッドとして、全体で六〇〇〇億ないし七〇〇〇億円の金を運用して株取引をしているグループ(以下「丙原グループ」という)が資金を必要としており、年二割の金利で借りたいと言っているので、青葉台支店の客にノンバンクから資金を調達させ、それを丙原グループに融資すれば確実に儲かるが、最低のロットは五〇億円であるなどと話した。さらに、大塚支店の客にもCSローンから資金を調達させ、丙原グループに融資をさせたことなども伝えた上で、株を掛目一〇割で担保に入れることで、丙原が代表取締役を務める近代計画株式会社に半年間融資させてはどうかと持ち掛けた。

乙川は、被告人甲野の話に乗ることにしたが、近代計画は資産内容等に不安があったので、被告人甲野に融資先は別の会社にするよう頼んだ。乙川は、青葉台支店の大口顧客であるB、D、J及びK(以下、この四名を「Bら四名」という)に話を持ち掛けることとし、同月二八日ころ、同支店で副支店長Mらに被告人甲野からの話の概要を説明した上、B及びJを順次訪ね、同人らに「ファイナンス会社から融資を受けて、株の資金を必要としているある会社に年二割の金利で融資をしませんか。返済は心配ありません」などと持ち掛けた。同月二九日ころには青葉台支店でKにも同様の話をし、そのころ、Eを通じてDにも話を持ち掛けた。一方、被告人甲野は、同月二九日ころ、丙原に、青葉台支店の後任支店長がF側への融資を媒介したいと言っているので、同支店の客から⑪と同様の条件で東成商事へ融資することについてFの意思確認をして欲しいと依頼した。同年六月一日、被告人甲野は、乙川に対し、東成商事を融資先にしたいと伝え、同社の登記簿謄本や確定申告書を交付したところ、乙川が同社の内部留保が乏しいことを心配したので、同社には大塚支店の客にも融資させているから大丈夫であり、同社との交渉は自分の方でするなどと説明した。乙川は、同社がBら四名に返済をする前に自分が青葉台支店から転勤したらどうなるのか尋ねたところ、被告人甲野は、そのときには自分が引き取ってやると答えた。乙川は、同月四日から五日にかけて、Bら四名に東成商事の名前を出して同社への融資を勧めたところ、同人らが応じたので、そのころ、先に融資の打診をしていたCSローンに、Bら四名に対する各五〇億円の融資を依頼して了解を得た。乙川はそのころ、被告人甲野からの提案に基づき、東成商事が入れる担保を本州製紙株等六銘柄(別表7ないし10の各担保株式欄記載のもの)とする一方、東成商事への融資に加えて、Bら四名に株取引を行わせるため、CSローンからそれぞれ五億円を上乗せした各五五億円の融資を受けさせることにし、同人らの承諾を得た。被告人甲野は、同月八日、乙川と共に東成商事の事務所を訪れ、乙川にH、Lを紹介し、その後、乙川は、Bら四名を順次東成商事に案内して、HやLに紹介した。同月一五日から二〇日にかけて、CSローン又はその子会社(ノンバンク)のシーエス総合サービス株式会社(以下「CS総合」という)からBら四名への融資が順次実行され、さらに、Bら四名から東成商事の口座へ各四七億四七九四万五九二七円(ただし、Bについては四七億五〇六八万五七五六円。いずれも利息天引き)が振り込まれ、Bら四名から東成商事への融資(弁済期はいずれも半年後)が実行され、乙川は、被告人甲野にBら四名から東成商事への融資が完了したことを伝えた。

⑮ 被告人甲野は、香港に会社を設立してそこに資金をプールして株取引を行い、資金が必要なときには右会社から愛人のIを代表者として設立した有限会社三星企画に送金をして使用しようと考え、Gに会社設立の手配を依頼し、同年七月下旬、香港にクレジット・オリジン・リミテッドを設立した。

【BMSと東成商事間の貸借(別表11)媒介の状況等】

⑯ 被告人甲野は、平成二年七月上旬ころ、Fの意向を受けた丙原から、⑪及び⑬のとおり、エルポップ及びBMSから東成商事が融資を受けた際に差し入れた担保株の値が上がって担保余力が出たので、その一部を返還して欲しいと要請された。被告人甲野は、これを承諾してCSローンとの折衝等を行っていたが、同月九日ころ、Fの意向を受けた丙原から、時価の二割位下値で本州製紙株の相対売買をして儲けさせる代わりに期間二か月で東成商事へ無担保融資をしてくれる人を紹介して欲しいと依頼され、同月一三日ころ、Gに対し、担保株の一部を東成商事へ返還するよう要請し、その了解を得るとともに、株の相対売買と無担保融資の話を持ち掛け、同月一六日ころには、一五億円で本州製紙株を買い、一五億円を無担保融資することを勧めたところ、GはBMSの名義でこれを行うことを承諾した。被告人甲野は、同月二〇日ころ、Fに株の相対売買と無担保融資の条件を直接確認するなどした際、同人から謝礼として現金二〇〇〇万円を受け取った。同月三一日、CS総合からエルポップを通じて融資を受けたBMSは、一四億五〇六八万五六五三円(利息天引き)を東成商事の口座に振り込み、BMSから東成商事への融資(金利年二〇パーセント、弁済期同年九月二八日)が実行された。

【被告人甲野の株取引の状況等】

⑰ これまでにもみたとおり、被告人甲野は、AやFからの株情報に基づき、多額の借入れをするなどして継続的に株取引を行っていたが、これによって昭和五九年から昭和六一年までの間に合計五九万円余、昭和六二年に一七三一万円余、昭和六三年に五七〇五万円余、平成元年に五二五九万円余の利益を上げた。これに対し、平成二年は、⑨の東洋ゴム工業株の取引や同年九月ころからF銘柄の株が急激に値下がりしたこともあって、約三四〇〇万円の損失を被った。株取引によって利益を得ていた被告人甲野は、平成元年中は月平均五〇万円位を丙原から謝礼を貰うようになった平成二年四月以降は月平均一〇〇万円位を小遣いとして費消していた。また、昭和六三年一一月、肩書住居地に約一億五七〇〇万円で土地建物を購入した(ローンの頭金約四〇〇〇万円は株取引による利益から出した)。被告人甲野は、昭和六二年ころからクラブホステスのIと交際していたが、平成元年三月約四九〇〇万円を借り入れて目黒区中目黒のマンションを購入し、そこにIを住まわせ、同女に銀座で店を持たせるために平成二年約六一〇〇万円を借り入れて店舗を購入した。なお、被告人甲野の住友銀行からの給与収入は、昭和六三年が約一七〇〇万円、平成元年が約一八〇〇万円であった。

(以下、右各事実を引用するときは、①ないし⑰の番号を用いる)

三 事実認定についての補足説明

本件融資媒介をめぐる事実経過は前記二で認定したとおりであるが、弁護人は、右事実経過について種々の主張をするので、そのうち主なものに対する判断を示すこととする(なお、本罪の成立要件に照らした検討は、四以下で行う)。

1  判示第一の一及び二の事実の関係

弁護人は、④のBと光進との間及び⑤のC合資と光進との間の各契約(判示第一の一及び二の事実の関係)は、金銭消費貸借ではなく株式の相対売買であると主張する。

右契約の法的性質は、単に契約書の文言等の外形にとらわれることなく、右契約の当事者の意図、経済的効果等を総合して実質的にこれを判定すべきである。これを本件についてみると、確かに、B及びC合資が光進から株式を買い半年後に光進が同じ株式を売値の二割増しの価格でB及びC合資から買い戻す旨の契約書が存在する。しかし、契約の一方の当事者である光進としては、金融の利益を度外視して右のような一見不利益な契約に応じるとはおよそ考えられないのであって、右の契約が金銭消費貸借及びこれに伴なう株式の譲渡担保の実質を有することは明らかである。そして、右契約の当事者又はそれに準じる立場にあったB(甲15、16)、C(甲18)及びA(甲32、33)は、各検察官調書において、右契約は金銭消費貸借であるが、金利に税金がかからないようにするため、株の相対売買を仮装して売買契約書を作成したと一致して供述し、被告人甲野自身も検察官調書(乙3、4)において、これと符合する供述をしている。右各供述の信用性に疑問の余地はないところ、これらによれば、右契約の当事者が右のような契約書を作成したのは、まさに、金銭消費貸借における金利に対する課税を回避するための便法としてであったと認められる。被告人甲野は公判において、右取引は株の相対売買であると供述するが、右供述は、同被告人の検察官調書の内容に照らし信用できない。結局、右契約の性質は、実質的にみて金銭消費貸借であったとみるべきであり、弁護人の右主張は理由がない。

2  判示第一の三の事実の関係

弁護人は、⑦のDから光進への融資の媒介(判示第一の三の事実の関係)について、昭和六三年七月上旬にDが住友銀行やオリックスから融資を受けたのは、光進へ融資をするためではなく、被告人甲野が青葉台支店の個人預金運動目標及び消費者ローン取組目標を達成するため、Dに株取引を勧めて融資を受けさせたのであり、そもそもAから融資の媒介の依頼があったのは同年八月二五日ころのことで、当時、Dは株取引で十分な利益を上げることができずにいたので、被告人甲野は、光進へ融資をすることで借入金金利より少しでも高い金利を得られればDの利益になると考えて融資の媒介をしたと主張し、被告人甲野も公判において、これに沿う供述をしている(第三回及び第四五回公判)。

しかしながら、A(甲33)及び被告人甲野(乙5)は、各検察官調書において、光進がDから融資を受ける契機となった融資の媒介の依頼がAによって最初になされたのは、同年六月上旬ころのことであると一致して供述し、Eも検察官調書(甲9)でこれを裏付ける供述をしている。また、Dは検察官調書(甲20)において、被告人甲野から光進への融資を勧められたのは同月中旬ころのことであると供述し、被告人甲野自身も前記検察官調書において、Dに光進への二〇億円の融資を勧めたのは、同月一七日ころであると供述をしている。これらの供述は具体性に富み、その信用性に疑いを入れるような事情は見当たらない。これに対し、弁護人は、Dは被告人甲野の勧めで株取引をするため合計二〇億円の融資を受けたと主張するが、そもそも二〇億円というのは個人の株購入資金にしては金額が大き過ぎるし、Dの前記検察官調書(特に添付資料①の普通預金通帳)によれば、同人は同年七月上旬から八月中旬にかけて、蛇の目ミシン株及び岩崎電気株を買い付けていることが認められるが、その貸付金額が合計四億五〇〇〇万円余にとどまっていることからしても、同人が大きな金利負担をしてまで株取引のために二〇億円の融資を受けたとは考えられない。結局、⑦のとおり、Dは、同年六月一七日ころ、被告人甲野から光進への融資を勧められ、その資金を調達するため住友銀行やオリックスから融資を受けたのであって、Dが右融資金の一部で前記のような株取引をしたのは、Aが國際航業の経営権掌握に失敗したので光進への融資を一時的に見合わせることにした被告人甲野が、光進への融資を実行するまでの繋ぎとして、Dに株取引を勧めたからであると認められる(なお、弁護人は、論告を引用し、國際航業の株主総会があったのは同年七月二九日であるとして、その立論の根拠の一つとしているが、右株主総会が同年六月二九日に開催されたことは関係証拠上明白であり、論告のこの点は誤記と認められる)。そうすると、判示第一の三のとおり、被告人甲野がDから光進への融資の媒介に着手したのは同年六月一七日ころと認定できるのであって、これに反する被告人甲野の公判供述は信用できず、弁護人の右主張は理由がない。

3  判示第二の事実の関係

弁護人は、⑧のC合資から丙原への融資の媒介(判示第二の事実の関係)について、これは融資の媒介ではなく、Cが光進から預かった預託金の一時的解放の媒介であると主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人甲野は、Aから、⑥の一五億円の右預託金の返還を受けられないのであれば、Cから無担保で一〇億円の融資を受けられるようにして欲しいと依頼されたが、後日、右預託金との相殺を主張されないように、光進ではなくAの一員と目される丙原を借主にすることとして媒介を行ったことが認められる。そうすると、⑧のC合資と丙原との間の契約は、右預託金の返還とは別個の事実であって、その性質は実質的にも金銭消費貸借であると認められるから、弁護人の右主張は理由がない。

四  本件融資媒介と銀行業務の関係について

1  本罪の趣旨等

本罪は、金融機関の役職員等の従業者(以下「役職員」という)が融資の媒介をした場合において、その融資の媒介が、右役職員の地位を利用し(以下「地位利用の要件」という)、自己又は当該金融機関以外の第三者の利益を図るため(以下「図利目的の要件」という)に行われた場合に成立する(条文上、他に禁止される行為として「金銭の貸付」と「債務の保証」が挙げられている)。本罪は受信業務(預貯金の受入れ)を行う金融機関の役職員だけを対象とするものであるが、その趣旨は、金融機関の役職員がその地位を利用してサイドビジネスとして融資の媒介等を行うときには、その業務が健全・公正に運営されるべき公共性を有する金融機関に対する社会的信頼が損なわれ、ひいては預貯金者一般に損害を生じることになりかねないので、刑罰をもってこれを禁止したものであると解される。

ところで、最近の金融状況がいわゆる闇金融が横行していた本罪(あるいはその前身である「貸金業等の取締に関する法律」一五条違反の罪)の立法当時とはかなり異なってきていることは周知の事実である。これを銀行についてみると、顧客の金融ニーズが多様化したことを反映して、銀行が提供する金融商品も多種類に及ぶなど銀行の業務が急速に多様化してきている上、消費者ローン、住宅ローンにみられるように、預金業務だけでなく貸出業務においても個人顧客との関わりが強くなっている。しかしながら、このような状況を踏まえると、銀行に対する公共性の要請は今なお維持されるべきであり、このことは、昭和五六年に旧銀行法を全面改正して成立した現行銀行法において、銀行の業務の公共性に照らした目的に関する規定が新設されていることからも明らかである。そして、このような状況は、銀行以外の金融機関についても基本的には同様であると考えられる。そうすると、公共性を有する金融機関に対する社会的信頼を損なう役職員によるサイドビジネスを刑罰をもって禁止する出資法三条の規定は、その立法当時とは金融状況が大きく変化した今日においても、十分に妥当性を有するというべきである。

本件において、住友銀行の支店長の立場にあった被告人甲野が本件融資媒介を行ったこと自体は、前記二、三のとおり、関係証拠上明らかである。そこでまず、地位利用の要件について検討することとする。

2 地位利用の要件の解釈等

本罪における地位利用の要件は、(1) 金融機関の役職員であるが故に有する有利な立場を利用し、(2) 金融機関の業務の遂行としてではなく、自己の行為(サイドビジネス)として融資の媒介等を行うことを意味すると解される。

右(1)の関係についてみると、被告人甲野が本件融資媒介にあたり、住友銀行青葉台支店長又は大塚支店長という「金融機関の役職員であるが故に有する有利な立場を利用し」ていることは、前記二で認定した事実関係自体からすでに明らかというべきである(弁護人もこの点は争っていない)。

なお、この点に関して、丙原の弁護人は、本件のように信用調査能力を有しない個人を貸主とする融資の媒介の場合には、金融機関の役職員が単にその有利な立場を利用したというだけでは足りず、貸主たる個人に対し、従来からの融資関係や今後の融資の可能性等を背景に不当な圧力を行使したり、当該金融機関から借主に将来融資の可能性があることをほのめかすという欺岡的手段を用いるなど、その地位に基づく影響力を濫用したことが必要であると解すべきであり、このように解さなければ、本来自由であるべき経済活動の一形態である融資の媒介が極端に制約を受けることになる旨主張する。しかしながら、本罪は、金融機関の役職員がその有利な立場を利用して行う融資の媒介を、一般的に刑罰をもって禁圧しようとするものではなく、それが金融機関の業務の遂行としてではなく自己の行為として行われ、かつ、後述する図利目的の要件を満たす場合に限ってこれを処罰しようとするものである。そして、所論がいうような「金融機関の役職員の地位に基づく影響力の濫用」がない場合であっても、金融機関の役職員がサイドビジネスとして融資の媒介を行えば、公共性を有する金融機関に対する社会的信頼を損なうことは明らかであるから、地位利用の要件を所論のように限定的に解釈するのは相当でない。

本件において問題は、右(2)の関係にあるのであって、本件融資媒介が銀行の業務の遂行として行われたのか、被告人甲野のサイドビジネスとして行われたのかが種々の角度から争われているところである。

さて、融資の媒介が金融機関の役職員としての地位を利用して行われたか否かを判断するためには、ア 融資の媒介が抽象的に銀行の業務に含まれるかどうか、イ 当該役職員が融資の媒介を行う権限を与えられていたか否か、ウ 当該役職員が銀行のためにする意思でその権限を行使したといえるのか否か、の三点にわたる検討が必要である。以下、本件に即して順次説明する。

3 融資の媒介と銀行業務の関係

銀行法一〇条は、銀行の業務の範囲として、一項において「預金又は定期積金等の受入れ」「資金の貸付け又は手形の割引」「為替取引」という本来的業務のほか、二項において「次に掲げる業務その他の銀行業に付随する業務を営むことができる」と規定し、一号から一二号までの業務を例示している。融資の媒介は、文言上同条二項の各号には含まれず、同条二項柱書にいう「その他の銀行業に付随する業務」に当たるか否かが問題となる(なお、この関係で同法一二条、一三条をも参照)。

この点について、検察官は、論告において、融資の媒介は原則として右の付随業務に当たらないと主張する。しかし、検察官も認めるように、融資の媒介であっても、a 銀行がシンジケートを組んで貸付けを行う際、シンジケーションの他のメンバーである他の金融機関やノンバンクのためにも融資の取決めを行ったり、他の金融機関やノンバンクと貸付債権を共有するときに代表して貸付の交渉に当たる場合、b 銀行の融資先が資金難で倒産の危機に瀕しているが、銀行自身は、行政的融資規制によって自ら追加的救済融資を行いえないときに、他の金融機関やノンバンクからの融資を自行融資先に斡旋する場合、c 銀行において系列ノンバンクに銀行の周辺業務を行わせることを認めた大蔵省通達(「金融機関とその関連会社との関係について」昭和五〇年七月三日蔵銀第一九六八号)の趣旨に反しない限度で系列ノンバンクに協力する場合には、現実に銀行の業務として広く行われているところであるが、検察官の主張によっても、右のaないしcの場合に何故に例外的に融資の媒介が許されるのか、その理由は明らかでない。特に、cの場合について、系列ノンバンクへの融資の媒介であれば銀行の業務となるが、非系列ノンバンクや金融機関への融資の媒介は銀行の業務とならないという根拠は、右大蔵省通達以外には見当たらないが、銀行法一〇条二項柱書の解釈としてこれが当然に導かれるわけではない。

検察官は、全国銀行協会連合会(以下「全銀協」という)が本件を契機に平成三年九月一七日に発した「業務運営体制のあり方等に関する改善措置について(その1)」と題する通達が、顧客から協力預金を得ることを目的とした顧客に対するノンバンクからの融資の媒介を自粛する旨確認していることを根拠として、融資の媒介が原則として銀行の正当な業務とならないことは、本件当時の銀行業界の共通の認識であったと主張する。しかし、右通達は、「顧客がノンバンク並びに他の金融機関等から融資を受けてまで行わざるを得ない様な協力預金を求める行為」という極めて限られた行為を自粛するというにとどまり、広く協力預金を求める行為やノンバンクからの融資の媒介一般について触れているものではない。また、右通達は、右の行為が「健全な商慣習に照らして顧客に過当な負担を与える恐れもあるので」これを自粛するとしている。このような規定の仕方からみても、全銀協は、およそ右のような行為が銀行の業務として許されないと考えていたのではく、それまで事実上行われていた右のような行為を、今後は銀行の社会性、公共性に鑑み、慎むことにしたに過ぎないものと理解される。したがって、右通達を根拠として、検察官の主張するような本件当時の銀行業界の共通の認識を肯認することはできない。また、全銀協が都市銀行の業界団体であることから、右通達は本件当時の銀行の業務の実態を窺い知る資料になるとしても、融資の媒介が銀行の付随業務となりうるか否かという銀行法上の解釈問題を左右するようなものでないことは明らかである。

昭和五〇年前後から今日に至る銀行の業務範囲の拡大は、銀行法の改正経過からも明らかであり、そのような中にあって、融資の媒介という、銀行の伝統的業務の典型である資金の貸付けに密接に関わる業務が、銀行の付随業務の中にも入らないというのは、実態から離れた議論というべきである。また、検察官が主張するように、融資の媒介がある場合には銀行の業務となるが、他の場合には銀行の業務とならないというのも、その基準が不明確となるおそれがあり、業法としての銀行法の建て前からしても疑問というほかない。現に、本件においても、⑤や⑪で認定したように、別表2のC合資から光進への融資及び別表5のエルポップから東成商事への融資にあっては、IGFからC合資への融資及びCSローンからエルポップへの融資と並んで、住友銀行の青葉台支店及び大塚支店からそれぞれの顧客への融資が行われているが、銀行から私人への融資の不足分について、ノンバンクから私人への融資を斡旋した場合に、銀行の融資については当然銀行の業務となるが、これと一体であるはずのノンバンクからの融資の媒介がそれ自体銀行の業務とならないというのは、明らかに妥当性を欠く議論といわねばならない。

こうしてみると、融資の媒介が原則として銀行の付随業務に当たらないと解することには、さしたる根拠がないのみならず、現実的にも多大の無理が伴なうのであって、このような解釈は採りえないというほかない。出資法三条も、銀行等金融機関の役職員の地位の利用と図利目的を要件として、金銭の貸付け及び債務の保証と並んで、金銭の貸借の媒介を禁止しているが、これは、金銭の貸借の媒介が銀行の業務に当たらないあるいは一定の場合にのみ銀行の業務に当たることを前提とした規定というよりは、金銭の貸借の媒介が銀行の業務に当たるとの前提に立った上で、一定の要件を満たす場合にこれを規制しようとしたものと理解することができるのである。以上によると、融資の媒介は、銀行法一〇条二項柱書の付随業務に含まれ、抽象的に銀行の業務に含まれると解するのが相当である。

4 被告人甲野の融資の媒介に関する権限

銀行の支店長は、商法上の支配人(商法三七条、三八条)に該当するから、支店の営業に関する一切の権限を有しており、融資の媒介が銀行の業務に当たる以上、銀行の支店長が支店の営業に関して行った融資の媒介が、民商法上その権限の範囲内にあることは、明らかである。もっとも、融資の媒介について支店長の権限を制約する内規があれば、これに反する融資の媒介は銀行の業務から外れることとなるが、本件の証拠上住友銀行にそのような内規があったことは認められない。

この点について、本件で証人として出廷した住友銀行の行員の中には、銀行による融資の媒介は、その融資する側が審査能力を有する場合には許されるが、そうでない場合には許されないという見解(以下「審査能力論」という)に立ち、本件融資媒介は住友銀行の業務に当たらないと証言する者もいる。しかし、審査能力論は、個々の顧客について具体的に審査能力を有するかどうかの検討を要するとすれば、その限界は曖昧とならざるをえず、到底融資の媒介が銀行の業務に含まれるか否かを判断する基準とはなりえない。そこで、審査能力論を採るとしても、金融機関以外の私人(法人を含む)の顧客については、一律に審査能力を有しないと見做して、これを貸主とする融資の媒介は全て銀行の業務に含まれないとする立場も考えられるところである。しかし、具体的に十分な審査能力を有すると認められる私人(例えば、自行をメインバンクとする東証一部上場企業等)を一方の当事者(融資者)とする融資の媒介を銀行の業務に含まれないものとして、処罰の対象にする必要があるかは疑問であるし、また、他の金融機関を一方の当事者(融資者)とする融資の媒介も銀行員のサイドビジネスとして行われることもありうるのである。したがって、審査能力論は、融資の媒介が銀行の業務の範囲内であるか否かを判断する基準としては不適当であって、採用することができない。

以上のとおり、被告人甲野は、住友銀行の支店長として融資の媒介を行う権限を有していたと認められる。

5 被告人甲野の銀行のためにする意思の存否

(一) 前記のように、銀行の役職員が融資の媒介を行う権限を有していたとしても、銀行のためにする意思でその権限を行使したものと認められないときは、その融資の媒介は、銀行の業務としてではなく個人のサイドビジネスとして行われたものとして、本罪の地位利用の要件を満たすというべきである。そして、融資の媒介は、貸付けや保証のような法律行為とは異なり、事実行為であって、通常、銀行の帳簿を通すとか、銀行内部の稟議を経るというような手続きは行われていないので、これが銀行の業務としてなされたか否かは、右のような手続きの有無によって決することができず、専ら当該役職員が銀行のためにする意思でこれを行ったか否かということによって判断すべきことになる。この点の判断にあたっては、当該役職員が融資の媒介に及んだ動機・目的をも考慮に入れないわけにはいかず、この点の判断が図利目的の要件の判断と一部重複することは否定できない。しかし、銀行の公共的性格に照らし、およそ銀行の業務として是認し得ないような行為(以下これを「業務性を疑うべき行為」という)については、特段の事情がない限り、当該役職員がこれを銀行のためにする意思でなしたと認めるのは不自然というべきであるから、以下、まず、本件融資媒介がそれ自体として業務性を疑うべき行為といえるか否かを検討する。

(二) 本件融資は、前記二のとおり、青葉台支店又は大塚支店の顧客が、ノンバンク等から借入れをした上で、いわゆる仕手筋と目されるAを代表者とする光進又はFの支配下にある東成商事等に対し、仕手株ないし要注意銘柄とされている株式(以下これらを「仕手株等」という)を高い掛目で担保にするか又は無担保で、一〇億円から五〇億円もの巨額の資金を融資したというものである。このうち、仕手株等を八割ないし一〇割という高い掛目で担保として融資するという点については、仕手株等は、一般に価格変動のリスクが高く、これを担保として受け入れた場合にはいわゆる担保割れの危険がある上、これを売却するときには値崩れを起こす危険も高いことから、銀行において原則として担保にすることはできないのであり、まして、これを八割ないし一〇割という高い掛目で評価するということは、銀行の融資としてはおよそ考えられないことである。同様に、銀行の融資では無担保ということは通常考えられないところである。問題は、このように銀行が資金回収のリスクがあるとしておよそ自ら手掛けることができないような条件の融資を役職員が顧客に媒介した場合に、この融資の媒介を業務性を疑うべき行為といってよいかである。一般に、銀行が担保枠等の関係で、自行で貸し出せる限度を越える融資の案件について、右限度額を越える部分の融資をノンバンク等の他の金融機関に媒介していることは、広く行われているところであり、格別問題があるとはいえない。これに対し、銀行はもとよりノンバンクからも融資を受けられないような相手を貸出し先とする、銀行として到底手掛けられないようなリスクの高い融資を市井の私人たる顧客に勧めることは、公共的性格を有する銀行の正当な業務とはいい難い。したがって、融資の媒介が一般に銀行の業務の範囲に含まれるとしても、そこには自ら限度があるのであって、その融資が銀行の自行融資の条件とかけ離れた条件で行われたような場合には、それは業務性を疑うべき行為であって、具体的事情の下で役職員の個人的行為として行われたものであろうとの推定が働くというべきである。

そして、本件融資媒介は、前記のようなリスクが現実のものとなって本件融資が焦げ付いた場合にはもとより、これが世間の明るみに出ただけでも、住友銀行の信用を大きく損う性質のものである。すなわち、光進等のいわゆる仕手筋に対する巨額の融資は、それが仕手戦のための資金を供給するということであれば、証券市場の健全性を害し、場合によっては証券取引法の相場操縦罪に触れかねない反社会的行為であり、仕手戦のための資金でないとしても、そのような貸出し先に対する巨額の融資は、反社会的行為を業とするものを援助する行為として、道義的非難を免れず、銀行の公共性に著しく反する行為である。本件当時、光進やFグループ等のいわゆる仕手筋は、銀行はもとよりノンバンクからも融資を受けられず、資金的に苦しい状況にあったと窺えるのであり、銀行がこうした仕手筋に直接融資する代わりに、銀行の顧客に融資するよう媒介する行為も、同様に反社会性を有する行為として、非難を免れないところである。このように、本件融資媒介は、融資条件の点からしても、貸出し先の点からしても、いずれも銀行の公共的性格にもとるものであって、業務性を疑うべき行為というほかない。

なお、別表4の丙原に対する融資は、仕手筋を直接の貸出し先とするものではないが、被告人甲野がこの融資を媒介するに至ったのは、⑧のとおり、Cから光進へ直接融資したのでは、後日⑥の預託金との相殺を主張され、同人に約束の利益を得させることができなくなるおそれがあるので、これに代えて、A側の一員と目される丙原に融資することとしたというのであるから、実質的には仕手筋であるA側に対する融資の媒介と同視しうるものである。また、この融資については、前記のとおり、もともとAが藤田観光株の株価吊上げを行うための貸付資金として媒介の依頼があったものであり、貸付先が丙原に変更になっても、同人がAの株価吊上げに便乗して利益を上げるための株買付資金であるから、いずれにせよ違法性の強い株価操作に加担するための融資の媒介であって、銀行の公共的性格と到底相容れないものである。加えて、丙原にめぼしい資産がないにもかかわらず、この融資が無担保で行なわれている点からみても、業務性を疑うべき行為である。

(三)  弁護人は、住友銀行から光進に対して多額の融資が行われていたので、仕手筋に対する融資の媒介であるからといって本件融資媒介の業務性が否定されることはないと主張する。

確かに、Nの証言及び検察官調書(甲8)等の証拠によれば、住友銀行(新宿新都心支店)が光進に一五〇億円の与信枠を設定して多額の融資を行っていたことが認められる。右のような自行融資は、銀行の公共性に反するもので、はなはだ遺憾である。しかし、本件当時、Aは、蛇の目ミシンや國際航業の株買占め等に関して仕手筋として騒がれており、Fもいわゆる誠備事件等によって仕手筋として著名な人物であったから、右のような自行融資をしていた住友銀行といえども、本部が光進やFグループへの資金供給を目的とする本件融資媒介の実態を知った場合、これを許容したかどうかは大いに疑問である。現に、被告人甲野は、本件融資媒介と一体をなす青葉台支店又は大塚支店からC合資、D及びエルポップへの融資の際には、本部への融資認可申請に当たって虚偽の資金使途を記載しており(⑤、⑦、⑪)、本件融資の実態が明らかにならないように工作しているのであって、本件融資媒介が本部に明らかにできる性質のものではなく、銀行の業務の遂行でないと認識していたことを窺わせるのに十分である。さらに、被告人甲野は、⑭のとおり、青葉台支店の顧客から光進又は丙原への融資を媒介したことを後任の支店長である乙川に引き継いでいないのであるが、右顧客は青葉台支店にとって極めて重要な顧客であるから、右融資の媒介を銀行の業務と認識していたのであれば、これを引き継ぐのが当然である。その上、被告人甲野は、⑪のとおり、エルポップから東成商事への融資の媒介において、自分が大塚支店から転勤する可能性も考えて融資期間を半年間とし、⑭のとおり、乙川から東成商事がBら四名に返済する前に自分が青葉台支店から転勤したらどうなるのかと尋ねられて、大塚支店長であるにもかかわらず、そのときは自分が引き取ってやると答えている。これらの事実は、被告人甲野が本件融資媒介は後任の支店長に引き継ぐべき性質のもの、すなわち、銀行の業務として行われたものではないと考えていたことの証左とみることができる。

(四)  弁護人は、本件融資媒介に関し、被告人甲野から青葉台支店あるいは大塚支店の顧客を融資先として紹介され、右顧客に多額の融資をしたノンバンクから右各支店に多額の協力預金がされて、各支店に多大の利益がもたらされているし、また、被告人甲野は、地主等の各顧客を各支店につなぎ止めるために本件融資媒介を行ったものであるから、銀行の業務として行われたものであると主張する。このうち、本件融資媒介の目的は、主として図利目的の要件に関わる要素であるので、右の点の判断の際に検討することとする。

「銀行収益に関するメモ」と題する書面(弁第三号証)等の関係証拠によれば、被告人甲野から青葉台支店あるいは大塚支店の顧客を融資先として紹介されて各顧客に多額の融資をしたノンバンク各社(別表3のDから光進への融資の媒介に関連してDに二〇億円の融資をしたオリックスを除く)は、その見返りとして右各支店に、期間の長短はあるもののそれぞれ一〇億円ないし九五億円の協力預金(ただし、IGFが青葉台支店にした通知預金の額は明らかではない)をしたほか、Bら四名から東成商事への融資の媒介(⑭)に関連して、Bら四名に合計二二〇億円の融資をしたCSローンも大塚支店に九〇億円の通知預金をすることになっていたこと(平成二年八月被告人甲野が同支店長を事実上解任されたため、右協力預金はなされなかったが、青葉台支店には、一三〇億円の通知預金がなされた)、⑤、⑦、⑪の融資の媒介に関連して、青葉台支店からC合資及びDに、大塚支店からエルポップにそれぞれ五億円又は一〇億円の融資がなされたこと、BMSから東成商事への融資の媒介(⑯)に関連して、GがCSローンから一〇億円を借り入れ、これを大塚支店への両建てを定期預金としたこと、本件融資を受けた光進等が元利金を返済する場合には、これらが青葉台支店又は大塚支店の顧客の普通預金口座に振り込まれ、右顧客が融資を受けたノンバンクへ返済するまでの間、これらが普通預金として滞留したことが認められる。

このように、本件融資媒介がきっかけとなって、ノンバンクからの多額の協力預金等により青葉台支店及び大塚支店の収益が向上していることは否定し難いところである。ところで、このうち、ノンバンクからの協力預金は、本件融資の直接の対価ではなく、本件融資の貸主である顧客が融資の原資をノンバンクから調達したことの対価である。このように、本件融資媒介の原資の調達行為であるノンバンクからの融資の媒介が、銀行に収益をもたらすものであったということから、このノンバンクからの融資の媒介が銀行の業務としての性質を帯びるということはできるとしても、そのことから当然に、本件融資媒介までが銀行の業務としての性質を帯びるということにはならない。また、C合資等に対する自行融資は、本部への資金使途の報告を偽ったという点はあるにせよ、銀行の業務であることに疑いはなく、これと一体の関係にあるノンバンクから顧客への融資の媒介が銀行の業務としての性質を帯びるということはできても、右の自行融資も、やはり本件融資媒介の手段に過ぎないのであって、これにより本件融資媒介が銀行の業務としての性質を帯びるということにはならない。すなわち、本件融資媒介がそれ自体として銀行の業務とみるにふさわしいものといえるかを、その手段である融資や融資の媒介の性質からストレートにこれを判断することは、失当であるといわざるをえないのであって、このことは、例えば、が覚せい剤を購入するための資金をから借用する際、銀行役職員が自行からに融資をした上でととの金銭貸借を媒介したといいう場合、への融資が銀行の業務であるからといって、ととの金銭貸借の媒介までが銀行の業務であるとはいえないことを考えると自明というべきであろう。さちに、⑯のGの協力預金は、本件融資媒介の対価というよりは、被告人甲野が本件融資媒介の際にGに本州製紙株を時価の二割位下値で相対売買をするという儲け話を紹介したことの謝礼であって、本件融資媒介との関係はやや間接的であり、やはりこれにより本件融資媒介が当然に銀行の業務としての性質を帯びるということにはならない。そして、光進からの返済金の顧客の普通預金口座への滞留は、本件融資媒介の一時的、付随的効果に過ぎず、本件融資媒介の性質を変えるほどのものではない。

仮に、右の協力預金等を一連の計画(スキーム)として、本件融資媒介と一体のものとして評価すべきであるとしても、右(二)でみたように、本件融資媒介が、それ自体として銀行の公共的性格に著しく反し、その信用を失墜させる結果を招くおそれもあった「業務性を疑うべき行為」であることからすると、右協力預金等の事実によって本件融資媒介が銀行の業務としての性質を帯びるとみるのは相当でない。

なお、弁護人は、本件融資媒介に当たってEら青葉台支店の幹部が協力していることや同支店の車が使われるなど、本件融資媒介が同支店の他の業務と変わりない外形をもって行われていることから、それが銀行の業務に当たるとも主張するが、このような事実は、被告人甲野がその支店長であるが故に有する有利な立場を利用し、同支店の部下や備品を使用したことを示すに過ぎず、これによって、本件融資媒介が銀行の業務としての性質を帯びるということにはならない。

(五) 以上の検討に加え、後述のとおり、被告人甲野が本件融資媒介に及んだ動機・目的をも考え併せると、被告人甲野は銀行のためにする意思で本件融資媒介を行ったものではなく、したがって、被告人甲野の関係では、本件融資媒介は、銀行の業務としてではなく被告人甲野個人のサイドビジネスとして行われたものと認めるのが相当である。

6 小括

以上によると、被告人甲野の本件融資媒介は、いずれも本罪の地位利用の要件を充たすものと認められる。

五  図利目的の要件について

1 図利目的の要件の解釈

本罪における図利目的の要件が充足されるためには、金融機関の役職員が、自ら利益を得ること又は当該金融機関以外の第三者が利益を得ることを単に認識・認容しているだけでは足りず、これに加えて、自ら利益を得、又は当該金融機関以外の第三者に利益を得させることを動機・目的とすることが必要であると解するのが相当である。なぜならば、融資の媒介は、それ自体媒介に係る金銭貸借の当事者に金融の利益を得させる性質の行為であるから(なお、本罪で処罰の対象となる他の行為類型である金銭の貸付け、債務の保証も、関係当事者に金融の利益を得させる性質の行為である)、当該金融機関以外の第三者が利益を得ることを認識・認容しているだけで、第三者の利益を図る目的(以下「他利目的」という)があるとしてよいとすれば、融資の媒介を行った場合には常に他利目的が肯定されることとなり、他利目的の要件の独自性が全く存しなくなるばかりか、自己の利益を図る目的(以下「自利目的」という)の要件を選択的に置く必要も全くなくなってしまうからである。もっとも、自利目的については、自ら利益を得ることの認識があれば、極めて例外的な場合を除き、これを肯認すべきことになると思われる。そして、自己又は第三者の利益を図る目的と当該金融機関の利益を図る目的が併存している場合には、両目的の主従により、本罪の図利目的の要件の充足の有無を決するべきであり、融資の媒介が主として自己又は第三者の利益を図る目的で行われたのであれば、その際に当該金融機関の利益を図る目的が随伴していても、本罪の図利目的の要件は充足されると解するのが相当である。

2  本件融資媒介の性質及び被告人甲野の経済的状況等

まず、本件融資は、前記四5(二)のとおり、青葉台支店又は大塚支店の顧客がいわゆる仕手筋と目される光進又は東成商事等に対し、仕手株等を高い掛目で担保にするか又は無担保で、一〇億円から五〇億円もの巨額の資金を融資したというものである。このうち、別表1、2、5ないし10は金利が二割と高利であったが(別表3及び4の各融資の金利は、七パーセントと通常の金利である)、本件当時、光進やFグループ等のいわゆる仕手筋は、銀行はもとよりノンバンクからも融資を受けられず、資金繰りが苦しい状況にあったと窺えるから、右の条件の融資は、金利の高さを考慮に入れてもなお、光進や東成商事等にとって非常に有利な破格のものであったといえる。したがって、銀行の支店長が右のような事情を認識しつつ融資を媒介するということは、通常の融資に伴う借主への金融の利益の供与にとどまらず、それ自体借主である光進や東成商事等に特別の利益をもたらすことを認識、認容しているということになり、このこと自体から、これら第三者の利益を図ることに何らかの積極的な動機・目的があったのではないかと疑われるところである。

次に、本件当時における被告人甲野の経済的状況をみると、⑰のとおり、被告人甲野は、Aとの交際を深め、その株情報によって株取引を行い、これによって相当額の利益を得るようになった昭和六二年ころから、クラブホステスのIと交際を始めるなど、その生活がやや派手になり、平成二年四月以降は月平均一〇〇万円程度を小遣いとして費消するようになっており、また、昭和六三年一一月には、肩書住居地に約一億五七〇〇万円で土地建物を購入したほか、愛人のIのために、平成元年三月にはマンションを購入し、平成二年七月には銀座のクラブ用店舗を購入している。他方、被告人甲野の住友銀行からの給与収入は年一千数百万円程度に過ぎなかった。このような事実関係に照らすと、被告人甲野は、本件当時給与外収入は多ければ多いほどよいという状況にあったのであり、AやFからの株情報を利用しての株取引による利益は被告人甲野にとって重要なものであったし、丙原やFから本件融資媒介の関係で数回にわたり合計九五〇〇万円もの謝礼金を受領した点についても、これを受け入れる素地があったというほかない。被告人甲野にとって、このような株取引益や謝礼金あるいはこれらに対する期待は、その給与収入と対比するだけでも、重大な関心事であったはずであるといえるのであって、弁護人が主張するほど、本件融資媒介との関係でそのウエイトが軽いとみることはできない。

結局、右にみたような本件融資媒介の性質及び被告人甲野の経済的状況のみからも、特段の事情が認められない限り、被告人甲野には、本件融資媒介につき、自己の経済的利益を図るほか、そのためにAやF側の利益をも図るという動機・目的があったと推認できるというべきである。

以下、本件融資媒介をいくつかに分けて、それぞれについての被告人甲野の動機・目的を具体的に検討することとする。

3  別表1ないし3の光進への融資の媒介について

(一)  ②及び③のとおり、被告人甲野は、昭和六〇年ころから仕手筋の大物として知られるようになったAが支配する光進の資金調達に協力して、同人の信頼を得る一方、折りに触れてAから得た仕手株情報を基に株取引を行って利益を上げ、青葉台支店長に就任した後の昭和六三年三月ころには、Aから将来は自分が支配する一部上場会社の役員になることもできるとまで言われて、同人をより一層信頼するようになっていたものである。このような被告人甲野とAの関係は、Aが仕手筋の大物という一般の銀行員の感覚からすれば交際をはばかる人物であることからしても、銀行員と顧客という取引上の関係を超えて個人的に癒着した関係にあり、被告人甲野は、Aからの仕手株情報の入手をはじめとする有形無形の利益を期待して、光進の資金調達に協力し、親密な関係を維持していたと認められる。中でも、Aからの仕手株情報に基づく株取引による利益は、⑰のとおり、昭和六三年中だけでも五七〇五万円余に上っていること(乙16添付資料一の株売却益表参照)に照らすと、光進への融資の媒介が行われた当時、右の情報を入手することは、光進の資金調達に協力して親密な関係を維持することの大きな動機となりうるものであったと認められる。このことは、被告人甲野が検察官調書(乙2)において、「(②で)Aがくれた蛇の目ミシン株の裏情報で儲けることができたので、同人と付き合って歓心を買うようにしていけば、同人がこれからも株の裏情報をくれるのではないかと考えたことが、同人に資金調達の便宜を図り続けるきっかけになった。(その後も、③で)Aがくれた國際航業株の裏情報で儲けることができたので、同人に資金調達の便宜を図れば、株の裏情報をくれたりして儲けさせてくれるに違いないと考えるようになった」と供述していることからも窺える。

これに対し、弁護人は、被告人甲野は自己の判断で株取引を行っていたもので、Aから格別の指示を受けていたわけではないと主張する。確かに、弁護人も指摘するように、Aの検察官調書には、被告人甲野に利益を得させるために仕手株情報を教えていたという供述記載はないが、検察官調書(甲31)においては、雑談の中で「今後この株は動くかもしれない」などと話したり、甲野から聞かれてそのように答えたことがあったと思うし、甲野の媒介で光進が借入れを行う際に資金使途を尋ねられ、その時点で関心を持っていた株の銘柄を挙げて、その取引に必要であると説明したこともあったと思うと供述し、被告人甲野に仕手株情報を伝えていたこと自体は認めている。また、被告人甲野は、検察官調書(乙18)において自認しているように、株については素人であり、それにもかかわらず一般投資家が敬遠する仕手株を取引していたのは、Aから入手した仕手株情報を頼りにしていたからにほかならず、被告人甲野が行っていた株取引の殆どがA等からの仕手株情報によるものであったことは明らかである。

(二)  検察官は、被告人甲野が光進への融資の媒介を行った動機として、Aから仕手株情報を得ることのほかに、Aが昭和六三年三月中旬ころ、被告人甲野に株の相対売買を仮装して約一億円の謝礼をすると約束したこともあったと主張する。これに対し、弁護人は、Aから右のような謝礼の申し出はあったが、被告人甲野には謝礼を受け取るつもりはなく、Bに半年で二割の金利を支払うという約束の履行を確実なものにするため、右申し出を受けたことにして、仮装の売買契約書を作成したと主張する。

そこで検討するに、右の謝礼約束の当事者とされているA(甲32)及び被告人甲野(乙3)は、各検察官調書において、その時期は必ずしも明らかでないものの、Aが被告人甲野に株の相対売買を仮装して約一億円の謝礼をすると約束し、これに基づいて半年後に九六〇〇万円の謝礼を支払うことを意味する仮装の売買契約書を作成したり、A側の博栄商事株式会社から被告人甲野名義の口座に四億八〇〇〇万円を振り込み、更にこれを光進の口座に振り込んで、被告人甲野が光進に株の売買代金を支払ったかのような工作をしたと一致して供述している。また、被告人甲野も公判において、Aから儲けさせてやるという話があり、そんなことができるのかなと思いつつ、半信半疑で売買契約書を作ったなどと供述し(第四一回公判)、Aから謝礼を受け取るつもりが全くなかったとは供述していない。被告人甲野としても、右のような申し出を受けて悪い気がするはずもなく、これを受け取る気持ちがあったことは否定できないのであって、右の謝礼の約束自体はあったと認められる。もっとも、右の謝礼約束の時期について、A(甲32)及び被告人甲野(乙3)の各検察官調書には、昭和六三年三月中旬ころという記載があるのであるが、両者ともその根拠をあげておらず、極めて曖昧な内容となっている。これに対し、被告人甲野は、公判廷において、その時期が同月二八日の契約書作成の際であったと供述しており、一応の根拠を示しているのであって、この信用性を否定すべき理由はない。また、Aも右の検察官調書において、Bからの借入れの媒介をして貰うなど世話になったので、そのお礼に甲野さんにも儲けさせてあげようと思ったと供述している。そうすると、被告人甲野は、右の謝礼約束がなされる前に、Aから依頼を受けてBに光進への融資を勧めていることになるから(④参照)、右の謝礼約束自体は、被告人甲野がBから光進への融資を媒介する動機にはなっていないものと認められる。とはいえ、右の謝礼約束は、その後になされたC合資あるいはDから光進への融資の媒介の関係では、Aから仕手株情報を得ることとともに、その動機となりうるものである。しかし、関係証拠によれば、⑥及び⑦のとおり、Aは、被告人甲野がDから光進への融資の媒介に着手した後、BやC合資へ二割の金利を支払う約束とともに、右の謝礼約束も反古にしていると認められるのであって、Dから光進への融資の媒介の関係では、その動機となっていないと認められる。また、被告人甲野は、Aから右の約束反古の話があった際、BやC合資へ二割の金利を支払う約束の反古については、BやCに対して責任問題に発展しかねないという懸念から、これに強く抗議しているが、自己に対する謝礼約束の反古については、なんら抗議していないと認められる(もっとも、約束反古の話があった際には、Eが同席していたので、自己に対する謝礼約束の件については切り出せなかったとみる余地もあるが、被告人甲野がその後、Aに対し謝礼約束の履行を求めるような申入れをしたような事実は認められない)。これによると、被告人甲野は当初から右の謝礼約束の実行を余り期待していなかったことが窺えるのである。結局、Aからの一億円の謝礼約束は、C合資に対する融資の媒介の動機になっていることは否定できないが、それは、前記の仕手株情報等と比較すると、それほど強い動機であったとは考えられず、従たる動機であったにとどまるというべきである。

なお、検察官は、被告人甲野が平成二年六月にAから受領した現金一億円(⑨参照)が右の謝礼約束の履行であると主張する。しかし、Aは、前記のとおり、昭和六三年八月ころ、右の謝礼約束をいったん反古にしているのであるから、その約二年後になって、Aが右の約束を履行したとみるのは、極めて不自然であろう。加えて、被告人甲野は、⑨のとおり、この一億円を丙原と五〇〇〇万円ずつ山分けしているのであるが、被告人甲野が公判で述べるように、右の現金が青葉台支店の顧客から光進への融資の媒介の謝礼であったとすれば、この案件と無関係な丙原と山分けするというのもありえないことである。したがって、検察官の右の主張は採用できない。

(三)  前記四5(四)のとおり、被告人甲野は、光進への融資の媒介を行った際、青葉台支店からC合資及びDに対して直接融資をしている上、ノンバンクにB及びC合資を紹介した見返りとして同支店へ協力預金をさせているのであって、このような事実に照らすと、被告人甲野が光進への融資の媒介を行うに当たって、同支店の利益を図るという目的を有していたこと自体は否定できないところである。しかしながら、光進への融資の媒介は、自己が支店長を務める青葉台支店の顧客を勧誘して、銀行はもとよりノンバンクからも直接融資を受けることが困難な仕手筋の光進に対し、仕手株等を掛目八割から一〇割で担保にして巨額の融資をさせるという、銀行の公共的性格からして到底是認することができない態様のものであって、これが公になれば、被告人甲野の責任問題にも発展しかねないものである。その上、もともと本件融資媒介は、資金需要のあったAからの提案に基づいて行われたものであり、被告人甲野の側から支店の業績を上げようとしてAに持ち掛けたものではなく、A側の資金需要や甲野とAとの個人的癒着関係がなければ、被告人甲野がこのような危ない橋を渡ったとは到底考えられない(ちなみに、⑨のとおり、被告人甲野は平成二年五月三一日にもAから融資の媒介を依頼されたが、その前にAの株情報によって行った株取引により損失を被っていたので、これには応じていない。Aの依頼による融資の媒介をすることが大塚支店の業績を上げるのに有用であるのであれば、応じてもよさそうである。このことは、被告人甲野が本件融資媒介に及ぶにつき、Aの株情報により利益を得るということがその大きな動機となっていたことを物語るものといっても過言ではあるまい)。したがって、被告人甲野は、Aとの個人的癒着関係に基づき、自己及び光進ないしAの利益を図ることを主たる動機・目的として光進に対する本件融資媒介を行ったものであり、同支店の利益は、その際に副次的にこれをも図ろうとしたに過ぎないと認められる。

4  別表4の丙原への融資の媒介について

(一)  ⑧のとおり、被告人甲野は、Aの依頼を契機として、丙原への融資の媒介を行った平成元年五、六月にも、Aからの仕手株情報に基づいて藤田観光株を買い付けているのであり、丙原をA側の一員と認識していたのである。そうすると、右の融資の媒介が行われた当時も、前記五3(一)のようなAとの個人的癒着関係は依然として継続しており、被告人甲野は、A側の資金調達に協力するとともに、その見返りとしてAから仕手株情報等直接間接の利益を得ることを動機として、A側の一員と目される丙原への融資の媒介を行ったと認めらる。

もっとも、前記四5(四)のとおり、被告人甲野が丙原への融資の媒介を行った際、CSローンにC合資を紹介した見返りとして青葉台支店へ協力預金をさせるなどしていることに照らすと、被告人甲野が同支店の利益を図るという目的を有していたことは否定できないところである。しかしながら、丙原への融資の媒介は、自己が支店長を務める青葉台支店の顧客を勧誘して、仕手筋のA側の一員とみられる丙原に対し、それが仕手戦に投入されることを認識しながら、無担保で巨額の融資をさせるという、銀行の公共的性格からして到底是認できない態様のものであって、被告人甲野が同支店の利益を図ることを主たる動機として、これが公になれば自己の支店長としての責任問題にもなりかねない丙原への融資の媒介を行ったとは到底考えられない。結局、この融資の媒介についても、Aとの個人的な癒着関係に基づき、自己及び丙原、Aないし光進の利益を図ることを主たる動機・目的をしてこれを行ったものであり、同支店の利益は、その際に副次的にこれをも図ろうとしたに過ぎないと認められる。

(二)  検察官は、被告人甲野が丙原への融資の媒介を行った動機として、Aが、丙原が儲けたら謝礼をさせると約束したこともあると主張する。これに対し、弁護人は、右のような謝礼約束はなかったと主張し、被告人甲野も公判において、これに沿う供述をする。

そこで検討するに、⑧のとおり、丙原が被告人甲野に融資の媒介の謝礼として二五〇〇万円を渡したことは当事者に争いがなく、関係証拠上も明らかであるところ、この点について、被告人甲野は検察官調書(乙8)において、光進ではなく丙原に対してならばC合資から融資ができると思うとAに提案した際、これを了承した同人が、丙原に藤田観光株で儲けさせ、被告人甲野に謝礼をさせると約束したと供述している。また、丙原も検察官調書(乙18)において、C合資から融資を受けた直後、藤田観光株で儲けさせるから被告人甲野に謝礼をしておくようAに指示されたと、被告人甲野の右供述を裏付ける供述をしている上、公判(第一三回)でも、融資を受けられたことをAに報告した際、同人から、被告人甲野の方にもちゃんと礼をしておけよと言われたことを認めている(もっとも、丙原は第四六回公判において、藤田観光株の売買で利益を得たのでAに礼を言ったところ、同人からいくら利益が上がったかと聞かれたので、約一億円であると答えたら、被告人甲野に礼をするよう言われたと供述しているが、右供述は、C合資から融資を受けた直後にも、Aから被告人甲野に礼をしておくよう言われたことを否定する趣旨を含むものとは認められず、Aは、丙原の同株売買による利益が現実化した時点で、改めて被告人甲野へ謝礼をするよう指示したものと認められる。なお、本件で証拠となっているAの検察官調書中には、別表4の丙原への融資の媒介に関する供述記載はない)。ちなみに、被告人甲野は、本件起訴直後に弁護人に宛てた手紙(弁第六号証)の中で、「丙原から平成元年九月ころ、一〇億円の融資の見返りとして貰った二五〇〇万円は、当初Aが(Cへの)預け金を戻せと無理を言ってきたときに、私が苦肉の策として丙原に貸す型を提案したら、『お前にも儲けさせるよ』とAがいったことの実現であろうと理解しました」と記載し、丙原への融資を提案した際、Aが被告人甲野にも利益を得させるようなことを言ったことを認めている。以上によれば、被告人甲野が丙原への融資を提案した際、Aがその見返りとして被告人甲野にも利益を得させるようなことを言ったと認められるが、被告人甲野の右検察官調書における供述によっても、Aの同被告人への謝礼の話は、将来丙原が藤田観光株の売買によって利益を上げたならばという条件付きのものにとどまっていることからすると、被告人甲野とAとの間で明確な謝礼約束があったとまではいえない。しかしながら、被告人甲野は、右のようなAの言動によって、将来謝礼を得られるのではないかという期待を抱き、これも、丙原への融資の媒介を実行するにあたっての副次的動機・目的にはなっていると認められる。

5  別表5ないし11の東成商事への融資の媒介について

(一)  ⑪ないし⑯のとおり、別表5ないし11の融資の媒介は、平成二年三月から同年七月にかけて行われたものであるが、これらは、原則として、被告人甲野が資金需要を有しながら銀行やノンバンクから融資を受けられずにいた仕手筋のFグループの資金調達に協力したものである。そして、関係証拠によれば、被告人甲野は、平成元年九月ころ、Fと親しい関係にあった丙原を通じて仕手株情報を得てF銘柄の株取引を行っており、別表5ないし11の融資の媒介が行われた期間中もF銘柄の株取引を継続していたことが認められるところ、被告人甲野(乙9)及び丙原(乙19)は、各検察官調書において、⑪のとおり、Fの意向を受けた丙原が被告人甲野にFグループへの融資の媒介を依頼した際、そうすれば同人が仕手戦の対象とする株の情報が入って儲けることができると持ち掛けた旨の一致した供述をしている。右各供述は、被告人甲野が別表5ないし11の融資の媒介が行われた期間中もF銘柄の株取引を継続していたという客観的状況にも符合するものであって、十分信用することができる。そうすると、被告人甲野は、丙原を通じてFから仕手株情報を得ることを大きな動機・目的として、別表5ないし11の融資の媒介を行ったものと認められる。そして、このような関係があったことから、被告人甲野には、資金調達に協力することによって第三者であるF側(東成商事ないしF)の利益を図るという積極的動機もあったというべきである。

(二)  また、⑧及び⑩のとおり、被告人甲野は、C合資から丙原への融資(別表4)の媒介を行った後、丙原から謝礼として二五〇〇万円を受け取っている上、そのころから、丙原が経営するトーアトラストの事務所に出入りし、Fと親しい関係にあった丙原を通じて仕手株情報を得てF銘柄の株取引を行っていた。このような中で、被告人甲野は、Fの意向を受けた丙原から依頼されて、別表5の融資の媒介を行っている。また、⑪及び⑫のとおり、被告人甲野は、別表6ないし11の融資の媒介を行う前の平成二年四月一〇日ころと五月一日ころ、丙原から別表5の融資の媒介の謝礼として各一〇〇〇万円を受け取っている上、右融資の追加担保をFに返還した際にも、Fから謝礼として一〇〇〇万円を受け取っている(なお、被告人甲野は、別表11の融資の媒介を行う以前の同年六月一日ころと同月二九日ころ、丙原から前同様の謝礼として各一〇〇〇万円を受け取っている)。そして、別表5ないし11の融資は、仕手株等を掛目一〇割で担保にして五〇億円を融資するか、無担保で一五億円を融資するというもので、F側にとって破格の好条件であった。このような経過からすると、被告人甲野は、F側におおきなメリットのある別表5ないし11の融資の媒介を行うことによって、これまでのように丙原(あるいはF)から多額の謝礼を得られるのではないかという期待を抱いていたとしても不思議ではない。そして、被告人甲野が当時自宅のローンの支払いや愛人のⅠのマンションや店舗の購入のために、多額の資金を必要とし、この種の謝礼を受け取ることに対する抵抗感を麻痺させていたことからすると、このような謝礼に対する期待も、十分別表5ないし11の融資の媒介を行う動機・目的となりうるものと認められる。

もっとも、関係証拠を検討しても、被告人甲野と丙原又はFとの間で、事前に明示の謝礼約束があったとまでは認められない。ただし、別表5の融資の媒介については、丙原が被告人甲野に対し、F側への融資の媒介をして貰えれば、Fから手数料が入るのでその一部を支払うと持ち掛けていることが認められるが、謝礼の金額や支払時期について取決めはなされていないことに照らすと、いまだ具体的な謝礼約束があったとまでは認められず、被告人甲野は、このような丙原の言葉から将来謝礼を得られることを期待していたにとどまるというべきである。なお、この点について、被告人甲野は、本件起訴直後に弁護人に宛てた手紙(弁第六号証)においても、「私にも何がしかの分け前が入るとの期待感がなかったとはいわない」と記載しており、謝礼を得られることを期待していたことを認めている。しかし、右のような謝礼に対する期待は、それが具体的な約束に基づくものではなかったとしても、前述のような事情の下では、Fからの仕手株情報の入手と並んで、別表5ないし11の融資の媒介を行う動機・目的であったと認められることに変わりはない。

(三)  前記四5(四)のとおり、被告人甲野が別表5ないし11の融資の媒介を行った際、CSローン等のノンバンク各社に顧客を紹介した見返りとして大塚支店及び青葉台支店へ協力預金をさせたり(一部は約束にとどまった)、⑪の融資の媒介に関連して、大塚支店からエルポップに融資をしたり、⑯の融資の媒介に関連して、GにCSローンから借り入れさせた一〇億円を大塚支店の両建ての定期預金とさせるなどしていることが認められる。このような事実に照らすと、被告人甲野が同支店の利益を図るという目的を有していたことは否定できないところである。しかしながら、別表5、6及び11の融資の媒介は、自己が支店長を務める大塚支店の顧客を自ら勧誘し、別表7ないし11の融資の媒介は、自己が前任支店長であった青葉台支店の顧客を現支店長の乙川を通じて勧誘し、いずれも、銀行はもとよりノンバンクからも直接融資を受けることが困難な仕手筋のFグループの東成商事に対し、仕手株等を掛目八割から一〇割で担保にするか又は無担保で巨額の融資をさせるという、銀行の公共的性格からして到底是認することができない態様のものであって、これが公になれば、被告人甲野の責任問題にも発展しかねないものである。その上、別表5、6及び11の融資の媒介は、資金需要のあったF側からの提案に基づいて行われたものであり、被告人甲野の側から支店の業績を上げようとして丙原やFに持ち掛けたものではない。被告人甲野がこのような危い橋を渡ったのは、まさに前記のような自己の利益等を図る動機・目的があったからであると考えられる(なお、別表7ないし11の融資の媒介については、第二部で触れるように、Bらの要求等に困惑した乙川側の事情もあって持ち上がった話であるが、この点を考慮に容れても、同じ判断になる)。結局、別表5ないし11の融資の媒介についても、F・丙原との個人的な癒着関係に基づき、自己及び東成商事ないしFの利益を図ることを主たる動機・目的をしてこれを行ったものであり、大塚支店等の利益は、その際に副次的にこれをも図ろうとしたに過ぎないと認められる。

6 小括

以上のとおり、本件融資媒介を行うにつき、被告人甲野には、AあるいはFから仕手株情報を得るということのほか、このような関係からA側やF側の利益を図るという積極的な動機・目的があり、さらに、そのうち、別表2、4ないし11の融資の媒介については、将来謝礼を得ることの期待も、動機・目的になっていたと認められる。そして、被告人甲野は、このような自利目的等があったからこそ、本件融資媒介のような危ない橋を渡ったのであり、仮にこれがなかったとすれば、本件融資媒介には及ばなかったであろうということができる。確かに、被告人甲野において、本件融資媒介に際し、青葉台支店又は大塚支店の業績を上げるという目的、すなわち当該金融機関の利益を図る目的があったことは否定できないが、この目的は、いずれの場合にあっても、主たるものではなく、右のような自利目的等に随伴する副次的なものであったにすぎないと認められる。したがって、告人甲野には本件融資媒介の全てにつき自利目的及び他利目的があったというべきである。

六 結論

以上によれば、被告人甲野が行った本件融資媒介は、いずれも地位利用及び図利目的の要件を充たすものであって、同被告人には本罪が成立すると認められる。

なお、乙川及び丙原の弁護人も、それぞれの被告人の刑事責任を否定する関係で、各関係事実につき、被告人甲野にも本罪は成立しない旨の主張もしているが、特に言及したもの(四2項参照)以外の大半は、被告人甲野の弁護人の主張と同旨であるところ、これらの主張をも併せ検討しても、以上の判断は動かないところである。

判示第三の事実につき、丙原が、同第四の事実につき、乙川及び丙原が、いずれも共犯者とは認められないことは、第二部及び第三部で述べるとおりであり、したがって、これら事実についても、判示のとおり被告人甲野の単独犯と認定した次第である。

(量刑の理由)

本件は、住友銀行の支店長であった被告人甲野が、その地位を利用し、自己及び仕手筋の利益を図るため、前後一一回にわたり、銀行顧客から仕手筋への総額四三八億円余に上る融資を媒介したという事案である。被告人甲野は、光進及びFグループといった仕手筋の資金調達に協力する見返りとして仕手株情報や謝礼金を得ることを期待し、支店の顧客に働きかけて、ノンバンク等から多額の借入れをさせた上、仕手株等を高い掛目で担保にするか又は無担保という借主側に破格に有利な条件で、一〇億円から五〇億円もの融資をさせていたばかりか、自らも現実に大きな財産上の利益を得ていたものであって、銀行員としての倫理観念を喪失して自己の利益追求に走った犯行といわざるを得ない。本件は、我国の代表的都市銀行の支店長によって敢行されたものであることから、公共性を有すべき銀行全体に対する信頼を揺るがすなど、社会に与えた影響も大きい。なお、判示第四の事実の総額二〇〇億円の融資については、支店顧客らに未だ元本の回収もできないでいるという実害が生じている(もっとも、これら顧客にも、この種の儲け話の持ち掛けを積極的に要求したり、リスクが伴うことが常識でも分かるはずの「うまい話」に安易に応じたという落ち度があるといわざるをえない)。このような点に照らすと、被告人甲野の刑事責任は軽視できないというべきである。

しかし、本件はいわゆるバブル経済が華やかであった当時の徒花ともいうべき事件であるが、当時は本件のように露骨に仕手筋の便宜を図るには至らないまでも、株投機や地上げ等に関連する融資の媒介も、銀行役職員によってかなり広汎に行われていたようであり、各銀行とも協力預金等による利益確保を目的として、仕掛業発等と称する活動に奔走しており、これらのことが本件の背景になっていること、住友銀行自体、仕手筋の代表格ともいうべき光進に多額の融資を行っている上、被告人甲野がAと結び付きを強めていったことに対する監督が不行き届きであったとの非難を免れないこと、被告人甲野には前科前歴がなく、本件の関係を除けば銀行員として長年真面目に勤務してきたことなどの事情も存するので、同被告人に対しては、主文のとおり量刑した上、その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

第二部 被告人乙川二郎について

一  本件公訴事実の要旨

被告人乙川二郎は、平成二年一月五日から同年一〇月二日までの間青葉台支店長として、同支店における業務全般を統括していたものであるが、大塚支店長甲野太郎及び自称経営コンサルタント丙原三男と共謀の上、有価証券の売買等を営業目的とする東成商事の実質的経営者であるFから金融の斡旋方を依頼されたことから、被告人乙川において青葉台支店長の、甲野において大塚支店長の各地位を利用し、被告人乙川、甲野、丙原及び東成商事等の利益を図るため、第一部(罪となるべき事実)第四の各金銭貸借(別表7ないし10)の媒介をしたものである。

二  検察官の主張

検察官は、被告人乙川は銀行の業務としてではなく、青葉台支店長としての地位を利用して本件融資媒介を行ったものであり、同被告人には図利目的もあったと主張する。後段の主張を敷衍すると、次のとおりである。

本罪の図利目的の対象となる利益には身分上の利益も含まれると解すべきところ、被告人乙川は、青葉台支店長の地位の保全、将来の昇進という自己の身分上の利益を図ることを主たる動機(自利目的)として本件融資媒介を行った。すなわち、被告人乙川は、平成二年一月に甲野の後任として青葉台支店長に就任したが、同支店は住宅地区の支店の中では全国屈指の業績良好店で、甲野支店長の時代には連続で業績表彰を受けていた。住友銀行では業績表彰制度が極めて重視され、各支店は業績表彰の獲得に向けて活動しており、この点が人事考課にも大きな影響を与えていた。ところが、被告人乙川が青葉台支店長に就任後、大口預金者であるBらが預金を引き揚げたことなどが原因で、業績面で重要な評価対象である同支店の個人流動性預金は減少の一途を辿り、このままでは同支店が業績不振店に転落することが必至となった。そのため、被告人乙川は、このままでは自己の青葉台支店長の地位あるいは将来の昇進が危うくなると焦燥の度を深め、業績悪化に伴う支店長の責任を問われることを回避しようとして、平成二年五月から六月にかけて、甲野に相談した上で、融資先が仕手筋のF側であることを知りつつ、本件融資媒介を行った。また、被告人乙川は、本件融資媒介によって東成商事が財産上の利益を得ることを認識認容していたのであるから、同社の財産的利益を図るという目的(他利目的)も併存していた。

三  本件融資媒介をめぐる事実経過

1  当裁判所が認定した事実

関係証拠によれば、以下の事実が認められる。

A  被告人乙川は、昭和四七年三月広島大学政経学部を卒業後、住友銀行に入行し、天六支店、本店調査第二部、同融資第三部、備後町支店、本店総務部勤務を経て、昭和六二年一月から人形町支店に勤務し、平成元年一月同支店の副支店長になり、平成二年一月には入行同期のトップを切って支店長になり、青葉台支店に着任したが、本件の発覚により同年一〇月同銀行を懲戒解雇になった。

B  住友銀行では上期(四月から九月)と下期(一〇月から翌年三月)に分けて業績表彰が行われており、これを受けることが各支店の業績面での目標とされていたが、被告人乙川が青葉台支店長に就任した時点で、同支店は昭和六一年度上期から平成元年度上期まで七期連続で業績表彰を受けており、その後、同年度下期についても業績表彰を受けた。業績表彰は、支店をグループ化し、その中で相対評価をするものであるが、青葉台支店は三五支店からなる住宅店グループ(住宅店グループも複数あるが、そのうちの一つ)に含まれていた。業績表彰の評価項目と平成二年度における配点は、a 収益(手数料収入以外の預貸金による支店の収益は、支店が集めた預金全額を本店勘定レートで本店に預け、支店の貸付資金は同じ利率で本店から借りたということを前提として利鞘を算定する)四〇パーセント、b 業容(預貸金のボリューム)拡大二〇パーセント、c 取引基盤の拡充(住友銀行をメインバンクとする顧客の獲得)三〇パーセント、d 利回り、効率の改善(金融情勢の変化に対応した貸付金利の改定や人員・経費等の改善)一〇パーセント、というものであった。個人流動性預金は、青葉台支店のように預金者の多くが個人顧客である住宅店では収益面で重要であるが、業容拡大という項目のうちの細目の一つであって、個人流動性預金の年増基準が達成できなかったというだけで、支店の業績が悪化したとの評価を受け業績表彰が受けられなくなるわけではない。青葉台支店では平成二年一月から三月までの間、個人流動性預金は減少しているものの、被告人乙川の地道な努力もあって、その他の収益、業容のうち貸金のボリューム、取引基盤の拡充、貸金利回りの改善といった面は順調に推移していた。また、同年四月から五月までの間、個人流動性預金が減少を続けているほか、五月には収益実績が悪化したが、同月中に大英商事株式会社と株式会社エスト間の不動産売買を仲介したことによる協力預金が平成二年度上期中に見込める状態にあり、業容のうち貸金のボリューム、取引基盤の拡充、貸金利回りの改善といった面は堅調に推移していた。なお、同年四月にMMCの限度枠が三〇〇万円から一〇〇万円に引き下げられたため、個人流動性預金がMMCにシフトする動きが出たという外的要因もあって、住友銀行の住宅店は、個人流動性預金の年増基準達成という点で軒並み苦戦していた。

C  被告人乙川は、⑭のとおりの経過で、青葉台支店の顧客であるBら四名に対し、東成商事への融資を勧誘するなどして本件融資媒介を行った(第一部の⑭の事実は、被告人乙川の関係でも、関係証拠により全てこれを認定することができる)。

D  被告人乙川は、本件融資媒介の際、融資先の東成商事が仕手筋ではないかと考えていた。

E  被告人乙川は、本件当時、青葉台支店の基盤顧客(又はその親族)であるBら四名が同支店から離れて他の銀行にメインバンクを移すというような事態になることを憂慮しており、主として、Bら四名の支店離れを防ぐことを動機・目的として本件融資媒介に及んだものであって、本件融資媒介により、同支店が連続して業績表彰を受けられるように個人流動性預金の回復を図ったものではない。

(以下、右各事実を引用するときは、AないしEの記号を用いる)

2  事実認定についての補足説明

被告人乙川が本件融資媒介を行ったこと自体は当事者間にも概ね争いのないところである(なお、弁護人は、冒頭陳述では被告人乙川の行為は融資の媒介に当たらないと主張していたが、弁論ではこの点を認めた上で地位利用や図利目的がなかったとの主張をしている)。以下、検察官の主張にかんがみ、D、Eの事実認定について補足して説明する。

(一)  融資先の仕手筋性の認識の程度(Dの事実)について

東成商事に対する被告人乙川の認識に関し、甲野の検察官調書中には、本件融資媒介の過程で被告人乙川に、ア 過去に自分が青葉台支店の顧客から光進への融資を媒介していたこと、及びイ 東成商事は仕手筋のFが支配する会社であることをそれぞれ打ち明けたとの供述記載があり、検察官はこれを信用すべきものと主張している。

しかしながら、被告人乙川は、その検察官調書においては、後述するとおり、客観的事実に反してまで自己に不利となる供述をしているのに、右の点に関しては、甲野からそのような打ち明け話は聞いていないと供述しており、捜査公判を通じ一貫して、甲野の右供述を否定している。他方、甲野については、捜査段階はもとより、公判段階においても、自己が本件融資媒介に関連して個人的にも多額の経済的利益を得ていたので、自分一人だけが刑事責任を問われたり、有罪とされるのではないかとの虞れを感じ、そのようになるのは面白くないと思っているふしが見受けられ、そのため、自己と被告人乙川との会話内容については、被告人乙川に不利な方向へ誇張して供述している部分もあるのではないかとの疑いを払拭できない。したがって、甲野の供述(公判供述を含む)のうち、被告人乙川の検察官調書における供述と相反する部分は、これをそのとおりに信用することはできない。さらに、アの関係では、②のとおり、光進は新宿新都心支店の顧客であるところ、同支店に無断で光進への融資の媒介をして青葉台支店の収益を上げることが、住友銀行内では違反行為とされていることは、甲野が公判においてもこれを自認するところであり、関係証拠上も明白であるから、甲野が被告人乙川に対し、このことを切実な必要性もないのに自発的に打ち明けるのは、不自然というべきであろう。イの関係では、甲野も公判において、これを否定する趣旨の供述をしているところである。そうすると、甲野の検察官調書中の右供述記載をそのまま信用することはできない。

とはいえ、被告人乙川の検察官調書等の関係証拠によると、被告人乙川が甲野から本州製紙株は上がるとの情報を聞いた直後に同株は値上がりしている上、被告人乙川は甲野から東成商事は六〇〇〇億ないし七〇〇〇億円の金を運用して株取引をしている丙原グループの会社であると紹介されていたこと、被告人乙川は、本件以前に甲野はAと関係があると聞いていた上、甲野が青葉台支店長時代に特別な方法により営業成績を上げていたのではないかと思っており、甲野から右のように東成商事を紹介された後、O課長に東成商事は仕手筋かなと聞いていることが認められる。そうすると、被告人乙川においても、本件融資媒介に及んだ際に、東成商事が仕手筋ではないかとは考えていたのであり、融資先が仕手筋であることの未必的認識は有していたと認められる。

(二)  本件融資媒介の動機・目的(Eの事実)について

検察官は、前記のとおり、被告人乙川は、個人流動性預金の減少により青葉台支店の業績が悪化したことによって支店長の責任を問われることを回避する目的で本件融資媒介を行った旨主張し、被告人乙川の検察官調書(乙24)には、同支店の個人流動性預金が減少を続けていたので、このままでは平成二年度上期は惨敗の成績に終わることが目に見えていたとの供述記載が存し、甲野の検察官調書にも、被告人乙川から、このままでは支店長を首になりかねない旨聞いたとの供述記載が存するところである。

しかしながら、前記のとおり、関係証拠上、Bの事実が認められるほか、本件当時住友銀行業務本部支店第二部の部長代理であった証人Pの証言によれば、本件当時、本部においても、必ずしも青葉台支店の業績が悪いという見方をしていたわけではないことが認められ、関係証拠上、被告人乙川が本件融資媒介の過程で、ノンバンクからの協力預金により、法人流動性預金の増加を図った形跡はあるものの、個人顧客であるBら四名から流動性預金を得ることに執着していた形跡は見当たらない(少なくとも、次の平成二年度上期の業績表彰に間に合うように、Bらから個人流動性預金を得ようとしていたとは認められない)ことも考え併せると、被告人乙川が甲野に相談を持ち掛けた平成二年五月下旬の時点で、被告人乙川において、個人流動性預金が減少して青葉台支店の業績が悪化したことのみによって、支店長の責任を問われるとの危機感を抱くような状況にあったとは認められない。

被告人乙川の検察官調書の評価に当たっては、被告人乙川がその取調べを受けた平成二年一〇月二〇日ないし同月二五日当時、それまで順調にエリートコースを歩んでいたのに、本件融資媒介への関与が発覚して住友銀行を懲戒解雇されて間がなく、その上被疑者として刑事責任まで問われる状況に直面し、精神的にかなり不安定であったと窺われることを考慮すべきであろう。被告人乙川は、検察官の取調べ当時、先行する甲野の供述を一部否定するなど冷静さをある程度保ってはいるが、検察官調書(乙25)には、例えば「私は総務部勤務の経験がありましたから、法規関係のことも一応は知っており、銀行法で銀行が融資の仲介をすることを禁止されていることも知っていました。……私は、融資の仲介行為が法に触れる行為だということがわかっていました」との不自然な供述記載もある。すなわち、右供述記載では、銀行はおよそ融資の媒介を業務としては行い得ないとされているのであるが、検察官の論告における主張においても、銀行がその業務として融資の媒介を行うことが例外的にはありうるとして、三つの場合を挙げているし、実際には銀行役職員による融資の媒介はより広く行われており、融資の媒介が原則として銀行の付随業務に当たらないと解することには、さしたる根拠がないのみならず、現実的にも多大の無理が伴なうのであって、このような解釈は採りえないことは、第一部(四3項)で詳述したとおりである。被告人乙川が本件融資媒介の当時、右検察官調書記載のような認識を持っていたとは到底考えられず、このような供述記載があることは、被告人乙川が取調べ当時検察官に迎合するような心情も持ち合わせていたことを意味するというほかない。被告人乙川の検察官調書中の個人流動性預金の減少等から本件当時青葉台支店の業績悪化を憂慮していた旨強調する部分は、本件当時の住友銀行各支店の業績に関する統計的資料や検察官の請求により取り調べたPら住友銀行関係者の証言と相反するところが少なくなく、その限度では信用できないというほかない。甲野の供述については、被告人乙川に不利な方向へ誇張している部分がある疑いが否定できない上、その検察官調書における前記供述についても、乙川の検察官調書と同様に、統計的資料等に反する部分があり、そのままこれを信用することはできない。そうすると、検察官が右に主張する動機から被告人乙川が本件融資媒介を行ったとは認められない。

他方、関係証拠によれば、被告人乙川が東成商事への融資を持ち掛けたBら四名は、新興住宅地に位置する青葉台支店の基盤顧客(又はその親族)であり、同人らとの良好な関係を保持することが支店運営上も重要であったところ、被告人乙川は、大地主のB及びDから再三株情報の提供を求められていたが、甲野から聞いた本州製紙株の情報以外に株情報を提供することができず、病院を経営するKからは再三融資あるいは融資証明の発行を求められたが、病院の経営状態に問題があったのでこれを断り、大地主の実父の資産管理をするJを接待した際には些細なことからお互いに気まずい雰囲気になるなどした上、B、K、Jには他の銀行をメインバンクとするような言動もあったことから、Bら四名に利益を与えることによって被告人乙川と同人らとの関係を改善し、同人らの支店離れを防ぐ必要性をかなり痛切に感じていたと認められる(この点は弁護人も認めている)。基盤顧客が競争相手の他の銀行にメインバンクを移すという事態にでもなれば、住宅地区にある青葉台支店の性質上、かなりの痛手になることは明らかであり、同期のトップを切って支店長に就任したエリート行員である被告人乙川が恥を忍んで前任支店長の甲野に相談を持ち掛けた(これは被告人乙川が公判でも自認するところである)上、本件融資媒介を行ったのは、まさにそのような事態を避けようとしたからであると認められる。

以上によると、被告人乙川が本件融資媒介を行った動機・目的は、Eのとおりであり、主として、Bら四名の基盤顧客の支店離れを防ぐことにあったと認めるのが相当である。

四 地位利用の要件について

本罪の趣旨、地位利用の要件の解釈については、第一部で説明したとおりであり(四1ないし4項参照)、被告人乙川についても、甲野と同様に、住友銀行の支店長として融資の媒介を行う権限を有していたと認められる。そして、本件融資媒介は、客観的にみて、銀行の公共的性格から到底是認できないものであり、甲野には図利目的があり、甲野の関係では銀行の業務として行われたとはいえないものであったことも、第一部で説明したとおりである(四5《特に(二)》、五2及び5の各項参照)。

被告人乙川は、Dのとおり、東成商事が仕手筋ではないかとの未必的認識を有していた上、関係証拠によれば、青葉台支店の支店長限りでの貸付限度額が内規上一億五〇〇〇万円であったのに比して、本件融資は顧客一人当たりの融資額が五〇億円と巨額であること、担保株の掛目が一〇割ということにリスクを感じながら本件融資媒介を行っていたこと、本件融資媒介によって同支店の預金量が増えたことにつき、本部から照会があったときには虚偽の報告をするようE課長やO課長に指示するとともに、Bら四名への融資を行ったCSローンにも資金使途について虚偽の説明をしていること、甲野には東成商事がBら四名に返済する前に自分が転勤になったらどうするかと尋ね、甲野がそのときには自分が引き取ってやると言ったので本件融資媒介を行ったことが認められる。してみると、被告人乙川も、本件融資媒介は、銀行本部に明らかにできるものではなく、また、後任の支店長に引き継げる性質のものではないと考えていたように窺われるところである。

したがって、被告人乙川との関係でも、本件融資媒介は銀行の業務として行われたものではないと解する余地もなくはないであろう。しかし、この点はさておき、被告人乙川がどのような動機・目的で本件融資媒介に及んだのかを、図利目的の要件に照らして検討してみることとする。

五  図利目的の要件について

本罪における図利目的は、金融機関の役職員が自ら利益を得、又は当該金融機関以外の第三者に得させることを動機・目的とする場合を意味すると解すべきであること、自己又は第三者の利益を図る目的と当該金融機関の利益を図る目的が併存している場合には、両目的の主従により、本罪の図利目的の要件の充足の有無を決するべきであることは、第一部で説明したとおりである(五1項参照)。被告人乙川は、本件融資媒介を行うにあたり、自己の財産上の利益を図ろうとしたことはなく、現実にも何ら財産上の利益を得ていないこと、被告人乙川は、本件融資媒介に関して甲野に自己らの財産上の利益を得る目的があることや甲野が現にそのような利益を得ていたことを知らなかったことは、当事者間に争いがなく(前記二の検察官の主張参照)、関係証拠上も明らかである。

弁護人は、本罪の図利目的の対象となる利益に非財産上の利益は含まれないと主張する。しかしながら、金融機関の役職員がその地位を利用して本罪が禁止する融資の媒介等を行った場合において、それが非財産上の利益を図る目的でなされたということだけで本罪の処罰対象から外れるということが不合理な結果をもたらすことは、例えば、右の融資の媒介等がそれまでの自己の不当あるいは違法な行為が発覚して社会的地位を失うことを免れるために行われた場合を考えてみれば明らかであるし、本罪がその補充的役割を果たす(出資法八条二項参照)背任罪や特別背任罪の図利目的の解釈との整合性という観点からも採りえない。したがって、本罪の図利目的の対象となる利益は財産上のものに限らず、社会的地位の保全等の身分上の利益も含むと解すべきである。

しかし、金融機関の役職員に限らず、およそ会社の役員又は従業員が会社の利益のために何らかの行為をするときは、同時に会社内での自己の地位の保全、向上を目指しているのが通常であって、それ自体は何ら非難されるべきことではない。したがって、右の行為の結果、役員又は従業員が地位の保全、向上を得ることができたとしても、そのことの故にそれが主として自己の利益を図るためのものであったと評価するのは相当でなく、ある行為が会社の利益のために行われたと認められる限り、それによる行為者個人の地位の保全、向上は反射的利益ととらえるべきものである(これに対し、先に例として挙げた不当・違法な行為の発覚を防止して自己の地位保全を図るという場合は、会社の利益のために行われた行為とはいえない)。

これを本件についてみると、Eのとおり、被告人乙川は、青葉台支店の基盤顧客であるBら四名の支店離れを防ごうと同支店の利益のために本件融資媒介を行ったものであると認められるから、これが被告人乙川の支店長の地位の保全といった身分上の利益をもたらし得るものであり、同被告人が右地位保全を願っていたとしても、そのことの故に被告人乙川が主として自己の利益を図るために本件融資媒介を行ったものということはできない。

次に、本件融資媒介によって東成商事は、仕手株を掛目一〇割で担保に入れて合計二〇〇億円もの融資を受けるという銀行やノンバンクとの取引では考えられない破格の条件で金融の利益を得ることができたし、被告人乙川もそのことは認識していたと認められるので、被告人乙川にも同社の利益を図る目的があったのではないかと疑われても仕方がないであろう。しかしながら、関係証拠を検討しても、被告人乙川は、東成商事が仕手筋ではないかという未必的認識を有していたものの、その実質的経営者がFであるといった同社の実態に関しては、殆ど知らなかったと認められる上、同社又はその関係者との間に特別な関係があったわけでもなく、甲野に言われるままに同社を融資先としたものと認められる。このことと、被告人乙川には、前記のとおり、青葉台支店の基盤顧客であるBら四名の支店離れを防ぐという強い動機・目的があったことをも併せ考えると、同被告人には、東成商事又はその関係者が利益を得ることの認識・認容はあったといえるが、さらに同社等の利益を図ろうとする動機・目的があったとまでいえるかは疑問である。また、⑭のとおり、被告人乙川は、本件融資媒介によって青葉台支店の基盤顧客であるBら四名におおきな利益(融資先の東成商事から融資額の約一割に相当する金利を得ること)を与えようとしているが、これは、高いリスクの融資に伴う当然の好条件の利益というべきであって、支店の利益を離れて顧客の利益を図ろうとしたのではなく、同支店の利益を図るための手段に過ぎないとみるのが相当である。したがって、被告人乙川については、他利目的がないか、あったといえるとしても、それは青葉台支店の利益を図る目的に随伴する微小なものにすぎないと認められる。

六  結論

以上のとおりであって、本件融資媒介をめぐる事情の全てを認識していたとは認められない被告人乙川は、主として青葉台支店の利益を図るために本件融資媒介を行ったものと認められる。したがって、被告人乙川については、図利目的の要件が充足されないので、本罪の成立は認められない。

よって、被告人乙川に関する本件公訴事実については、地位利用の要件が充足されているか否かにつき判断を下すまでもなく、犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により、無罪の言渡しをする。

第三部 被告人丙原三男について

一 本件公訴事実の要旨

被告人丙原三男は、経営コンサルタントと称していたものであるが、

第一 住友銀行大塚支店長甲野太郎と共謀の上、有価証券の売買等を営業目的とする東成商事の実質的経営者であるFから金融の斡旋方を依頼されたことから、甲野において右大塚支店長の地位を利用し、被告人丙原、甲野及び東成商事等の利益を図るため、第一部(罪となるべき事実)第三の各金銭貸借(別表5及び6)の媒介をし

第二 前記大塚支店長甲野太郎及び住友銀行青葉台支店長乙川二郎と共謀の上、Fから金融の斡旋方を依頼されたことから、甲野及び乙川において右各支店長の地位を利用し、被告人丙原、甲野、乙川及び東成商事等の利益を図るため、第一部(罪となるべき事実)第四の各金銭貸借(別表7ないし10)の媒介をしたものである。

二 検察官の主張

検察官は、論告において、被告人丙原が甲野との間で本件公訴事実の共謀をするとともに、その一部を実行したと主張し、その根拠として次のような事実を挙げる。

ア エルポップから東成商事への融資は、被告人丙原がFから仲介手数料を支払うので株買占めの資金を融資してくれる者を紹介して欲しいと依頼され、甲野に仲介手数料の中から謝礼をするので大塚支店の顧客を紹介して欲しいと持ち掛けたことに始まっている上、被告人丙原は、甲野をFに引き合わせ、融資実行の直前には甲野から貸主や融資条件等について報告を受けている。その後のBMSから東成商事への融資も、被告人丙原が、Fから融資をしてくれる者を紹介して欲しいと依頼され、甲野に話を持ち掛けたことに始まっている。

イ Bら四名から東成商事への融資は、被告人丙原が、甲野から、青葉台支店長の乙川に顧客に儲け話を世話したいと頼まれたのでFに取り次いで欲しいと依頼され、このことを同人に話したことに始まっている上、融資実行の直後には甲野及びFから、青葉台の地主四名が貸主となったことや融資条件等を聞いている。

三 本件融資媒介をめぐる事実経過等

第一部の⑩ないし⑭の事実は、被告人丙原の関係でも、関係証拠により全てこれを認定することができる。本件において、甲野あるいは乙川が本件融資媒介を行ったこと自体は当事者間に争いがなく、被告人丙原の本件融資媒介への関与の程度については、種々争われているところである。

各公訴事実に関し、甲野に本罪が成立すると認められることは、第一部で説明したとおりであり、公訴事実第二に関し、乙川に本罪が成立しないことは、第二部で説明したとおりである。そこで、被告人丙原については、甲野との共犯の成否を検討すべきことになる。当裁判所は、まず、弁護人も指摘するように、本罪の共犯が成立しうる者の範囲に関する解釈問題があり、これとの関係で被告人丙原の共犯性を肯認できないと考えるので、以下この解釈問題について説明し、これに関連する事実関係については、五項で検討することにする。

四  本罪の共犯が成立しうる者の範囲

本罪の趣旨については、第一部で説明したとおりであるが(四1項)、本罪に該当する融資の媒介が行われた場合において、媒介を受けた融資の当事者に本罪の共同正犯が成立しないことは、本罪の処罰対象が融資の媒介という行為それ自体であることから明らかというべきであり、また、本罪が成立する場合には、融資を受けることを欲する者が融資の媒介を依頼することが当然に予想されるにもかかわらず、右の行為を処罰する規定を欠いていることからすると、これを本罪の教唆あるいは幇助として処罰することも、原則として法の予定しないところと解される(後者の点につき、最高裁判所第三小法廷昭和四三年一二月二四日判決・刑集二二巻一三号一六二五頁、同第一小法廷昭和五一年三月一八日判決・刑集三〇巻二号二一二頁参照)。そして、融資の媒介という概念自体が、「他人の間に立って」その他人の間に金銭消費貸借契約が成立するように尽力することを意味することからすれば、融資の当事者だけでなく、融資の一方当事者との関係、融資に際しての行動の状況及び関係者の認識等に照らして、いずれか一方の当事者の代理人ないしこれに準じる者等当事者側の立場にあったと認められる者については、融資の媒介をした金融機関の役職員との間に共同正犯を含む本罪の共犯は成立しないと解するのが相当である。もっとも、本罪は金融機関の役職員のみが主体となる身分犯であるところ、右役職員の身分を有する者については、その地位を利用している限り、たとえ一方当事者の代理人となって他方当事者との間で金銭消費貸借契約を締結した場合であっても、右役職員の地位にあることで融資の当事者とは立場が異なるというべきであるから、一方当事者側の立場にあったとみるのは相当ではなく、融資の媒介をしたものとして本罪による処罰の対象になると解すべきである。これに対し、右役職員の身分を有しない者については、前記の観点からみて融資の一方当事者側の立場にあったと認められれば、融資を媒介した金融機関の役職員との間に共同正犯は成立しないというべきである。

そうすると、被告人丙原は本件当時、金融機関の役職員の地位になかったことは明らかであるから、弁護人が主張するように、被告人丙原が本件融資の借主側の立場にあったとみることができれば、被告人丙原に本罪の共同正犯を含む共犯が成立する余地はないということになる(本件に関連して、東成商事の役員でもないFが訴追をされていないのは、この理によるものであろう)。

五 被告人丙原の本件融資における立場

1  Fや甲野との関係

まず、被告人丙原とFの関係について検討するに、被告人丙原の検察官調書(乙18ないし20)及び公判供述によれば、被告人丙原は、Fの人柄や相場師としての実力に魅了されて、平成元年春ころから同人と付き合うようになり、その後、同人からの株情報によってF銘柄の株取引をしたり、同人の手掛ける株の相場や事業について意見交換をしており、将来、同人のパートナーとしてリゾート開発等を行うために、できる限り同人を応援して同人との間のパイプを太いものにしたいと考え、同人の行う株取引を含めた事業全体についてコンサルタント的な立場で助言や協力をしていたほか、自ら出捐して同人から株を買い取るなどして同人の資金調達に協力し、同人が手掛ける本州製紙株の仕手戦を成功させようとしていたことが認められる。これに加えて、⑪ないし⑭のとおり、本件において、被告人丙原は、Fから融資先の紹介を依頼されたり、甲野から聞いた融資の媒介の話をFに伝えている上、東成商事がエルポップに掛目一〇割で担保に入れた担保五銘柄が値下がりして担保割れの状態になり、Gから追加担保を求められた際には、実質的な借主であるFが現金五〇〇〇万円を提供しただけであるのに、阿波銀行株等合計八万株及び六〇〇〇万円の預手を取り組む書類を提供するなどFより多くの担保を提供しているのであって、これらの事実に照らすと、少なくとも被告人丙原とFはかなり親密な関係にあったと認められる。

なお、検察官は、被告人丙原が甲野に融資の媒介の謝礼をした平成元年九月ころから、右両名は親密な関係を築くに至ったと主張するところ、⑩のとおり、同年八月ころから、甲野は被告人丙原が経営するトーアトラストの事務所に出入りするようになり、被告人丙原からFが手掛ける株の情報を得ていたことが認められるものの、関係証拠を検討しても、被告人丙原がF以上に甲野と親密な関係にあったとは認められない。

2  本件融資において果たした役割等

関係証拠によれば、本件融資において被告人丙原が果たした役割は、⑫のとおり、Fのために追加担保を提供した以外は、甲野とFとの連絡役以上のものではなく、かえって、被告人丙原は、乙川や貸主側のG及びBら四名とも会ったことはなく、具体的な融資条件は、甲野が被告人丙原の了解を得て、F又はLと直接話し合って決めていることが認められる。そして、右追加担保の提供の事実は、被告人丙原がFのために、換言すれば、Fの代理人的な立場で行動していたことを端的に示すものであるし、⑫のとおり、甲野が被告人丙原に対しFが追加担保を入れない場合には責任をとって誠意を見せて欲しいと迫ったのは、甲野が被告人丙原をF側の立場にある者と認識して対応していたことを如実に物語るものである。加えて、甲野は、⑭のとおり、乙川に本件融資媒介を持ち掛けた際、Fの名前を伏せて、被告人丙原をヘッドとして大規模な株取引をしているグループが融資を受けたいと言っていると説明した上、被告人丙原が代表取締役を務める近代計画を具体的な融資先として挙げている。このことから、甲野においては、近代計画がF側の受け皿として十分機能し得るものであり、被告人丙原がFの代役を務められると考えていたことが明らかである。したがって、甲野は本件融資媒介に際し、終始被告人丙原をF側の代理人的存在として認識していたものと認められる。また、乙川も、甲野の前記のような説明によって、被告人丙原を借主側の者として理解していたものと認められる。

さらに、⑧のとおり、被告人丙原は、甲野の媒介により、A側の一員としてC合資から融資を受け、自ら金銭貸借の借主となってもいるのである。⑩のとおり、被告人丙原は、その後Aの許を離れ、Fとの関係を深めていくのであるが、この前後を通じて、仕手筋であるAやFと協力関係を保ち、これら仕手筋の資金調達に手を貸すという役割を演じていることに変わりはない。このように、別表4の融資の受益者であった被告人丙原が、東成商事に対する同様の本件融資の際には受益者である仕手筋側としての立場を離れ、融資の媒介者としての立場に立つに至ったとみるべき特段の事情もない。

他方、関係証拠によれば、被告人丙原は、東成商事への融資に関し、自己が経営するバンコープ又は近代計画を受け皿として、平成二年三月から六月の間に四回にわたって各四〇〇〇万円余、同年七月から九月まで毎月合計八〇〇〇万円をコンサルタント料として受け入れ、⑪のとおり、同年四月から六月にかけて、四〇〇〇万円を甲野に交付していることが認められるところ、検察官は、被告人丙原と甲野が融資の媒介をしたことに対する謝礼金を山分けしたものであると主張する。

右のコンサルタント料名目の金員に本件融資に対する謝礼の趣旨が含まれていることは、被告人丙原も公判において認めるところ、これまでにみた被告人丙原とFとの関係や被告人丙原の行動に照らすと、右の謝礼金の支払は、Fと被告人丙原の内部関係と考えられるし、また、被告人丙原から甲野への金員の交付は、時期的に右謝礼金の支払との関連を窺わせるものであるが、被告人丙原がF側の一員として謝礼金を支払ったともいえるのであって、被告人丙原がF側の立場にあったことと必ずしも矛盾するものではない。

また、被告人丙原の検察官調書(乙19、20)には、自分と甲野の融資仲介等により東成商事への融資がなされたとの、甲野の検察官調書(乙10ないし12)にも、被告人丙原と一緒になって本件融資媒介をしたとの供述記載がそれぞれ存する。しかしながら、右供記載は、具体的事実の裏付けを伴うのではないから、重きを置くことができず、右供述記載を根拠に、被告人丙原が甲野に加功して本件融資媒介を行ったと認めることはできない。

3 本件融資における立場

以上のとおり、被告人丙原とFは本件以前からかなり親密な関係にあったところ、本件において被告人丙原は、実質的な借主であるFの代理人的立場で行動していただけでなく、Fのために自ら追加担保を提供していること、甲野は、Fだけでなく被告人丙原からも追加担保を徴求したり、被告人丙原の会社を借主にしようとするなど被告人丙原をF側の者として認識していたことなどを総合すると、本件において、被告人丙原は、実質的な借主であるFの代理人ないしこれに準じる立場にあり、借主側の一員であったといわざるを得ない。

六  結論

右四、五のとおりの理由により、被告人丙原には、本件融資媒介について、本罪の共同正犯を含む共犯は成立しないと解される。

よって、被告人丙原に関する本件公訴事実については、その余の点について判断するまでもなく、犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により、無罪の言渡しをする。

(裁判長裁判官安廣文夫 裁判官朝山芳史 裁判官中里智美)

別紙<省略>

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